―――コロサレル。
恐怖した。・・・せざるを得なかった。これは演技なんかじゃない。本物の殺気。
理解した。・・・せざるを得なかった。これは別人なんかじゃない。本物の『魔術師』遠坂凛と呼ばれるあのゲームのキャラクターそのもの。そして連鎖的にここはオレの居た場所とはかけ離れた別世界であると知る。頭の中身が徐々に・・・朝起きた時よりももっと鮮明になっていく。それに気付いてしまったのは、幸か不幸か。・・・個人的には不幸だったと思う。
だって、何も知らなければそれなりに幸せに暮らせていたかもしれない。
だって、何も知らなければこれから始まる無意味な戦争すら気付くことなく普通に暮らせていたかもしれない。
でも気付いた。気付いてしまった。気付きたくなかったのに叩き込まれた!これから起こる全ての事象、何から始まり何を犠牲にし何を殺し何を愛で何に安堵し何を模索し何によって終結するのか!■■■■が■される等、40ある最悪のシナリオ、そしてまだマシな終わり方をした5つの結末、都合45存在する運命の軌跡を―――っ!
だから少なくとも、今オレは―――
―――後悔した。・・・せざる・・・・・・を得なかった。
『Fate/The impossible world』
「答えなさい。貴方、今何て言ったの?私には聖杯がどうとか言っていたように聞こえたんだけど」
一切の嘘は認めない、偽証したとみなせば即攻撃する。言葉にはしなくても、そう含まれていた。どうする?真面目に全部の事情を話すべきだろうか?
普通ならば当然NOだ。いきなり聖杯戦争における事の顛末を話しても絶対信用なんてして貰える筈がない。それどころか、危険分子として余計に警戒されるか大事をとって始末されるかだろう。尤も、Fateにおける遠坂凛のキャラクター通りならば、後者を選択する可能性はかなり低い・・・と思う。
本人には悪いけど、Fateをプレイした限りではあるがかなり甘い性格だったからだ。何というか・・・『冷徹な魔術師を演じている女子校生』というのが当てはまる。
話しても良いのかも知れない。だけど、話した時点で本来起こりうる出来事に不備が生じるのかも知れない。いや、もう既に本筋を逸脱してしまっているか?
「・・・・七枷君、私は答えろと言ったの聞こえなかった?黙ってないで喋りなさい。言うまでもない事だけど、拒否権も黙秘権も認めないから」
不味い、下手に沈黙が長引くと遠坂の印象が余計に悪くなる一方だ。いや、きな臭さ満点でもう評価の落ちようがないとも言えるかもしれないけど。どうしよう、参った。こういった詰問は本当に苦手だ。就職中だった頃の嫌な上司とのやり取りを思い出してしまう。
「・・・ここじゃ、大きな声で言えないからさ。場所、変えない?勿論、遠坂さんの希望に合わせるから」
詰みだ。全て話すかどうか・・・話しても信じて貰えない可能性が高すぎるのを承知で、オレは誤魔化しを選択せず、魔術師遠坂凛に話をする事にした。
新都にあった公園の一角に舞台は移動する。十年前の大災害の跡地。パンピーのオレでも嫌悪感を感じてしまう。精神的に疲弊してたら嘔吐感まで催すかもしれない。オレでさえこんな状態だが、遠坂ならもっと感じ取れるのだろう・・・と思う。嫌な場所だが、公園なのに人気の無さに関してはこれ以上ない環境だった。ここを公園にしようと思って設計・計画した業者さんには少し哀れみを感じてしまうけど。
「さぁ、場所を移してあげたわよ。さっきの問いに答えて貰いましょうか」
「その前に、1つ約束して欲しい」
「―――内容によるわ。・・・何?」
「今から言う内容が君にとって警戒せざるを得ないものだから無理な話だって分かってて言う約束だけど、冷静に聞いて叶うなら極力信じて欲しいんだ」
「――――――OK。善処する」
すぅーーーーー・・・・・・・・はぁーっ。1つ深呼吸して、オレは遠坂と向き合った。
「最初に言うけど、オレは只のパンピーだ。魔術師云々以前に魔術回路だって一本も無い」
魔術師という単語から遠坂の睨み率が倍化した。
「確かに警戒せざるを得ないわね。魔術師云々を喋ってるのにその道の人間じゃない?そんな言葉を信用しろっていうの?真っ当な思考回路じゃないわ」
「疑うんなら身体検査でもなんでもしてくれて良いよ。但し、ヘンに身体を弄くり回さないって遠坂さんの魔術師としての誇りに掛けて誓ってくれれば・・・だけど」
む・・・と、遠坂が睨むがさっきよりは問題ない空気だ。魔術師としての沽券を刺激した挑発ならこの少女がムキになって誓ってくれる公算は高めだ。
「・・・いいわ、そこまで言うなら調べさせて貰う。勿論ヘンに弄ったりする気は毛頭無いわ。私の誇りに掛けて誓う」
「―――ゴメン、ありがとう」
ぺこり、と頭を下げると遠坂はきょとんとした顔の後、『フンッ!』と少し赤くなっていた顔を背けた。照れていた・・・のだろか。
「感謝するなら疑いが晴れてからにして頂戴。それじゃ、簡単に検査するからこっちに寄ってくれる?」
「今からやるの?っていうか、そんな設備・・・というか器具?みたいなのなんて持ってないんじゃ・・・」
「私の魔術刻印を使って貴方の身体を直接スキャンするの。簡単だけど、魔術刻印や回路を持っていたら強い違和感や抵抗感を感じるわ。私はその軋みを感じ取る事で判断する。貴方が一般人ならそれほど軋まないで流動する。確かに正確に計るなら家じゃないと無理だけど、大まかな検査くらいならいつでも出来るわけ。じゃ、始めるわよ」
「あ・・・うん、お願い」
「――――Anfang」
左腕が光を帯び、複雑な模様が浮かび上がりその手がオレの胸に触れた。その刹那、全身に得体の知れない何かが流れ込み、蹂躙・・・とまでは行かないが少し近い感じで隅々まで駆けめぐる。こめかみに緩い圧迫感を覚え、脳髄に訴えかけるような・・・それでいてじわじわと差し迫ってくる何とも言えない嘔吐感。耐えられない訳じゃない。でも持続するのは勘弁して欲しいレベルだった。
表現するならば、GTA3みたいなポリゴンゲーの映像を自分視点で見続けて3D酔いなった・・・と言えば分かりやすいだろうか。荒いポリゴンに慣れている人には理解しにくい気持ち悪さだと思うが、そこはご了承くださいというやつだ。
「―――――ふぅ」
と、どうやら終わったみたいだ。
「あ、その・・・どうだったかな?」
「・・・結論から言えば貴方はシロね。敢えて言わなかったけど、魔術刻印若しくは回路を持っていれば、それらは異物・・・この場合私の魔力ね。それを排除しようと反応して激痛となって苛まれるわ。両手の爪が一気に剥がれるくらいのね。魔術師なら覚悟すれば顔色1つ変えずに耐えきれるかもしれないけど、決め手になったのは魔力の直当てをしても抵抗なくスムーズに流動していった事よ。と言うことは、魔力殺しで誤魔化している線も消える。つまり、貴方が一般人と言うことには納得してあげるわ。暫定的にね」
「暫定的に・・・っすか」
「当たり前じゃない。1億歩譲って一般人と認めるけど、それじゃ何で私が魔術師である事を知ってるのか分からない。そしてさっきぽつりと喋った聖杯って言葉。貴方は聖杯戦争の事に関してもある程度知っている。」
そうよね?と、視線が問いかけている。それにオレは小さな頷きで返した。
「それで、七枷君はどこまで知ってるわけ?一般人なんかには聖杯戦争のせの字も知られることはない筈なのに」
「・・・全部」
「は?」
「今回の戦争における事の顛末の全てを大雑把に知っている。何が起こるのか誰がマスターなのか、誰が生き残るのか・・・・・・そして死ぬのかを」
「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ、何それ未来視だとでも言うつもりなの!?貴方さっき自分は一般人だって主張したわよね?言ってることが矛盾してるわ」
「未来視なんかじゃない。でも、オレは知っているんだ。その・・・」
うぅ、かなり言い難い。あ〜絶対信じないだろうな。
「ゲームという形で、オレはこの世界の事を知ったんだ」
案の定、遠坂はぽかーんとした表情から一転「〆切とは?」と問われたら「破る事と見つけたり!」と答えたダメ作家を見るような生暖かい目をされていた。