まぁ、最初から飛ばしすぎたのもあって、2時間目以降は大人しくしていた。葛木の授業もあった。Fateからあの人のキャラクターは分かっていたつもりだったけど、本当に淡々としていた。何考えているのか分からないとしか言い様がない。
葛木で思い出したけど、キャスターはもう葛木と契約しているんだろうか?もしそうなら、もうアサ次郎も呼び出して山門に配備して・・・っていやいや何考えてるんだ七枷陣。オレは聖杯戦争には関与しないって決めただろう。オレは死にたくなんて無いんだ。なら、遠坂や衛宮、無論ヘタレ慎二とかから離れれば良いんだよ。そう、それで良いはず。起こる惨劇は分かってるんだ。1月30日から2月半ばまでの約2週間強。危険の及ぶ所には行かないで避難する。家に引きこもってればいい。それが過ぎれば、また今日みたいな楽しい日々がやってきて――――あ。

じゃあオレは――――


学校で起きたあの"血濡れた悪魔の結界(アンドロメダ)"の出来事も放置して避難するっていうのか?楽しかった日々を過ごしたあの仲間達を見捨てて、自分だけ。


違う・・・。


ほ、ほら。アレは別に発動しても死人が出た訳やないし。どのシナリオでもちょっと入院するやつは出てもまた復学してるやんか。


・・・違う。


どうしようもないやん、オレ一般ピープルなんやし、事情説明したって精神病院搬送されるかギャグとして取られて引くか受けるかってのがオチやし、自己溺愛が人間としての本質であって人間皆他人であって最終的に可愛いの自分やんそれに情けは人の為ならず?あれって人に情けかけんのはその人の為にならないって意味じゃなくて、人に情けかけるんは自分に利益をもって返ってくるからかけるんやって意味やねんほら結局は自己溺愛が人としての本質として正しい在り方って理論の典型的なことわざ―――――


違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、違う・・・・・・っ!!


オレは、オレは三枝や氷室や蒔寺、美綴始め2−Aの奴らを・・・いや。穂群原のみんなを見捨てるのか?自分の命が可愛いから?確かに可愛いさ。自己溺愛こそ人が人をして人たらしめるが所以だ。間違っちゃいない。間違っちゃいない・・・が。

それは果たして、オレが取るべき正しい事・・・なのだろうか?自分の命の代わりにみんなを見捨てる事が正しいのか?例え誰も死ななくても正しいのか?答えを模索しても何も出てこない。


―――本当に?



本当だ。



■だね。



オレは・・・オレは・・・・・・オレ、は――――――!・・・・・・くそっ。







『Fate/The impossible world』






「・・・はぁ」

「どうした七枷、さっきから溜め息ばかりではないか。今朝と比べて使用前、使用後といった感じだぞ。む、この一口ハンバーグ、1つ貰ってもよいか?」

「欲しけりゃどうぞ。その代わり、そのおでんっぽい煮た大根貰うけど。・・・はぁ」

「ホントにどうしたんだお前。悩み事なら、オレで良ければ相談に乗るぞ。解決できるかどうかは内容によるけど」

「あんがと衛宮。でも単なるアノ日だから気にしないで」

「アノ日?」

「む?もしや七枷、お主おなごであったのか?うむぅ、今まで気付かなんだぞ、不躾ですまなかった」

「え゛!?う、嘘マジで!?じゃ、じゃあまさかアノ日って・・・」

「てきとーなボケに素で突っ込むな坊主&修理工」

昼下がりの午後、といっても只の昼休みだが。生徒会室でオレは一成と衛宮に誘われてメシを食っていた。溜め息の理由はまぁ、推して知るべしというやつだ。

「ふむ、では原因は1時間目の出来事か?聞けばお主、あの女狐と駄文をやり取りしていて藤村先生を怒らせて英会話で打ち負かしたらしいではないか。それは別にいいが、同罪であるあやつには何もお咎め無し。全く、だからあの女は度し難いのだ」

「まぁまぁ一成。そうか、だから藤ねぇ3時間目の授業ヘコみまくっていたのか。大変だったんだぞ七枷。あれだけヘコんでると逆に対応しづらかった。」

「オレに言われてもなー。まぁ、それも理由じゃないから気にしないでよ。もう大丈夫、持ち直したから」

「そうか?なんなら保健室に―――」

「もういいっちゅーねん。んなことより早くメシ食おう。もうすぐ予鈴鳴るしさ」





放課後。
衛宮達の手前、ああは言ったけど無論持ち直してはいなかった。陰鬱な気持ちで学校から出ようとして―――

「あ、七枷先輩。こんにちは」

と、誰かに呼び止められた。先輩?オレ後輩にも知り合い居たのか?ふと周りを見ると、セミロングの髪で何かの道着を付けていた見覚えのある女子がいた。間桐桜だ。うわ、この子とも知り合いですか。

「あ・・・あぁこんにちは間桐さん。今から部活?」

と、無難に答えたつもりだが桜はきょとんとした顔の後、苦笑いを浮かべる。

「どうしちゃったんですか七枷先輩、他人行儀に『間桐さん』だなんて」

え!?嘘、それだとヘンなんですか?この世界のオレ、桜の事なんて言ってんだ?

「初対面の時にはもう『桜ちゃん』て軽く言ってたのに」

うわ、そうきたか。仕方ない、てきとーにでっち上げて・・・。

「あ〜いや、ちょっと陰鬱というか、ぼへーっとしちゃっててさ。そのせいだと思うよ桜ちゃん」

「はぁ・・・そうでしたか。何かあったんですか?」

う。これはこれで微妙に説明しにくい展開に・・・。えーと、

「あ〜・・・うん、ちょっと話したくても話せない事情についてかな。話せたとしても信じて貰えないのはほぼ確実だし、でも言わないと後悔するかも、でも言う事が出来なくてっていう感じでちょっと・・・ね。ゴメン、全然分からないよね、こんなの」

我ながら要領を得ない説明だった。でも桜は、どこか影のある薄い笑みで

「分かります」

と、そう答えた。

「え?」

「七枷先輩の話の内容はよく分からないです。でも、その気持ちは・・・私にも少し分かります。あの・・・私も、少しだけそんな風な事あったりしますから」

あ・・・・・・そうか。衛宮の監視の強要とか、遠坂の妹だとか、後は・・・慎二と・・・その、事とかだよな。確かに、話せるような内容じゃない。でも、それでも衛宮も遠坂もちゃんと受け入れて癒してくれる。救えるんだ、救われるんだ、話せば衛宮達はちゃんと助けてくれるんだよ、桜。
でもそれは、傍観者だったからこそ言える。当事者の心情を理解しない人間から言える、只の結果論。でも―――

「きっとさ―――」

「はい?」

「きっと、受け入れてくれると思うよ。その、桜ちゃんが言いたくても言えない人に、その事情を話しても」

「・・・・・・」

「どんな事があっても、何かやっても、例え裏切った事をしちゃっていたとしてもさ、きっと『それがどうした?』って言うてあっさり蹴っ飛ばすで、衛宮なら」

「!・・・ど、どうして」

「知ってるのかって?桜ちゃんの話したくても話せない相手って検索かけたら、衛宮以外いないっしょ?」

「あ・・・あぅ」

「きっと今、桜ちゃんは『私の気持ちなんて何も知らないくせに勝手な事言わないで』って思ってるでしょ?」

「そ、そんな事は・・・」

「ええよ、嘘付かなくて。でも、衛宮の事信頼してるんなら、一歩だけ前に踏み出すのもええんちゃうかな?話せば絶対に嫌われるとかそれが運命だとか思ってるんはちょっと違うて思うよ。真っ暗で何も見えなくて怖いのは分かるけど、言うてまえばさ、案外あっさりとそんなつまらん運命は、『はい、ちょっと横通りますよ』ってどいてくれたりするもんやで」

結果論でも、それでもこの子には伝えたかった。耐えなくて良いよ、ちゃんと手を差し伸べてくれるよって。・・・こんなオレが言える立場じゃないけど、伝えたかった。

「七枷・・・先輩」

「取りあえず、オレから言えるのはそれだけ。あ、部活始まるんじゃない?頑張ってね。んじゃ!」

「あ!な、七枷先輩!!」

言いたい事だけ言って、オレはそそくさと桜から離れて帰路を歩いていった。




「言うてまえば、運命なんて案外あっさりどいてくれる・・・か。どの口がそんな偉そうに言うねん、ホンマ。・・・自分かて逃げてるだけのくせに」

・・・。
・・・・・・。
――――――っ!

―――ガツッ!誰もいない通学路にある電柱に拳を打ち付けた。



―――ガツッ!

どうしようもないほどの無力感を―――

―――ガツッ!

資格なんて無いのに自分を棚に上げ、(あの子)に説教するその傲慢さを―――

―――ガツッ!

自分が死にたくなくて、楽しく笑いあった友達を見捨てようとするその卑しさを―――!




何もかも、オレは嫌悪した。悔しさに泣けてきた。どうにかしたい。でもどうする事も出来ない。それが悔しい、どうにかしたい、出来ない。その繰り返し。短絡な思考の行き着く先は、これまた短絡なもの。・・・力だ。


―――ガツッ!ガツッ!!ガツッ!!!ガツッ!!!!ガツッ!!!!!

力!力!!力!!!力!!!!力ぁぁっ!!!!!


力さえあれば、サーヴァントを圧倒出来なくて良い。せめて、足手まといにならない程度の力さえあれば、オレだって・・・オレだって!畜生・・・畜生・・・

「畜生―――――!!!!・・・ぅぁぁ」

只ひたすらに激昂出来ればまだ格好がついたのに、最後は嗚咽じみていた。どこまでも情けなかった。ふと、間桐慎二もこんな無力感の中で歪んでいったのかなと思った。無論、だからと言ってアイツの取った異常行動に共感したりしないが。




ガチャ。帰宅して玄関のドアを開ける。ふと、知らない靴が2足あった。ランニングシューズのようなラフな靴と、会社員が履きそうな革靴。お客さんか。

「ただいま・・・」

「あ、帰ってきたわ。お帰り陣〜。ちょっと来ぃな〜、母さんダイニングにいるから〜」

ん?なんだ?お客さんいるんじゃないのか?不審に思いつつも、ダイニングのドア前まで近づいて深呼吸。すー・・・はー・・・。よし、いつも通りの表情に戻せた・・・と思う。
せめて、いつもらしく振る舞おう。今は、そうしよう。うん。

ガチャリ。キィィィ・・・。

「ただいま母さん。お客さんいてるんじゃ―――」








( Д)  ゚  ゚
ごしごしごし。目を擦ってもう一度目の前の光景を見直す。




―――――――――――――――――。はぁ!?


「おかえりー陣。あ、紹介するわ。ついさっきそこでお知り合いになった―――」

「ど、どうもお邪魔しています陣君。やはりここは貴方の住まいでしたか」

「あれ?バゼちゃん、陣とお知り合いやったん?」

「え、えぇまぁ。先日商店街で連れとぶつかっただけで、親交はあまり有りませんでしたが。七枷という名字は珍しい筈なのでもしやとは思っていましたが。あ、そ、それとその・・・ば、『バゼちゃん』と呼ぶのは止めて頂けませんか?」

「どうしてなん?バゼちゃんの方が可愛いやんか。響きが。バゼちゃんの可愛い容姿と相まって可愛さ×2乗、コレ最強。ほら、決まりやん」

「か、可愛いってそんな。わ・・・私なんて別に・・・って、そ、そうではなくてですね!」

「な・・・な、なななななっ!」

「鳴門海峡?」

「ちゃうわ!」

なんで!バゼットが!ここで!母さんとのほほんと緑茶すすってんだよ!!!

「―――――はっ!」

って事はまさか!ブンブンと首を振り回し、周りを見渡す。・・・いない。少なくともこのダイニングキッチンには。スー・・・パン!リビングに通じる襖を引いて確認。・・・いない。

「バゼットさん、ランサーさんは一緒じゃないんですか?」

「で、ですから・・・え?ラ、ランサーですか?リビングでテレビを見ると言って行きましたが。すみません、余所のお宅の専有物を勝手に」

「いえ、それはお構いなく」

「そうやで、お友達やねんからそれくらい別にかまへんよ。せやからなバゼちゃん・・・」

「で、ですからバゼちゃんと言うのは・・・」

おかしい。ランサーはリビングでテレビを見ると言っていた。でも現に今いない。トイレか?
トイレのドアをノックして開けた。・・・いない。他の部屋も開けて確認していく。・・・どこもいない。少なくとも1階にはいないのか―――ん?


―――――ゴソゴソ、ゴソゴソ。


なんだ?妙な音がどこからか聞こえる。・・・む?上方・・・2階・・・か?
階段を上って行くに連れて音は大きくなっていく。登り切って気付いた。音の発生源は住み慣れた場所から発生している。つまり、オレの部屋。音に混じって
「ほうほう、中々面白れぇなこのマンガ。スタンド・・・か。概念的に見たらオレらみてぇなモンなのかね」
とか、
「このカードなんだ?十字軍・・・?白のクリー・・・チャー?は全て+1/+1の修正を受ける?何かのゲームか?」
とか。極めつけに、
「お、ようやく目当てのブツ発見〜♪・・・お?これはまた色々なジャンル取り揃えてんな。年齢層もまたピンキリに・・・」


・・・。以上の事から推測される事実は。ポクポクポクポク・・・チーン♪



Let's、GA・SA・I・RE☆



―――――。・・・!?
バン!

「ちょっと待―――!!」

「おう少年、おかえり〜」

「――――て・・・ぇぇ」


部屋は散々なものだった。色々マンガは引き抜かれまくり、オレのマジックのカードBOXも適当に引き抜かれて(一応並べて)机に放置。それ、ちゃんとエキスパンションから分けて更に50音順で綺麗に並べていたのに・・・・・・大体200枚近くがぐちゃぐちゃでパァ。そして一番頭を抱えたのが、


「ざっとだが色々読ませて貰ったぜ。少年は(ピー)歳から24、5位までが照準内か。いや、まぁもう少しくらい上限は上げても良いんじゃねぇか?あと+5位まででも全然楽しめんぞ?イロイロとな」


はっはっは。と、オレの肩をぱしぱし叩いてくれやがるクソ槍兵。
神様。この世に神様がいるならどうかお願いです。悔しかったけど、さっきまでシリアスでセンチメンタルな気持ちを返してください。ついでにこの青タイツを斬刑に処せる位の力を今だけで良いですからお与えください。


いやホント、マジにお願いします。







「・・・本当に申し訳ありませんでした」

場所はまたダイニングに移る。事情を聞いて、苦い顔でおでこと足がくっつく位に頭を下げて平謝りしてれたバゼット。

「ホントウニスミマセンデシタ・・・」

そして・・・テキストリーダーの再生見たくカクカクな言語で謝ってくれたのがランサー。まぁその、燃え尽きたよ、真っ白になって感じになっている理由は、バゼットにトイレへ連れ込まれて「ドゴドゴドゴ!」と生音を響かせたからだと思う。

「あの・・・散らかしたのは私の監督不行届でもありますし、やはり私が掃除を―――」


「問題ありません、オレが片付けますのでバゼットさんはやらなくて良いんですマジで」


下限系の本を見られた日には、聖杯戦争を生き抜いたとしてもオレ多分自殺します。富士の山中で。

「そ・・・そうですか」

しゅんと申し訳なさそうに俯いてしまった。

「まぁまぁバセちゃん、ランちゃんも悪気があったわけや無いんやし、陣も許す言うてるしええやん。ラブアンドピースや」

ランサーに悪気が無かったってのは異議を唱えたいが、話がこじれるのでやめた。後母さん、アイツはランちゃんなんて柄じゃねぇよ。

「あ、ありがとう七海姐さん!この恩は忘れねぇ、いやホント年不相応に異常に若くて美人だし、言う事無いぜ全く」

「や〜んもう☆ランちゃんたら上手いんやから〜。おばちゃん褒めても何も出〜へんよ♪バゼちゃんどうしよう、若くて美人言われても〜た〜♪」

と、上機嫌で年甲斐もなくコロコロ笑っている恥知らずな我が母親と呼ばれるナマモノ。・・・恥ずい。
だが無理もない。言いたくなかったから今まで言わなかったけど、母さんは年齢30ピー歳。だけど、外見はそれを大きく下回って見える。大きく見積もっても20代前半か、下手をすれば10代に見える輩もいる。誇張じゃなく、事実で。現に、多分穂群原の女子制服着て学生ですって言えばそのまま通ってしまいそうで怖い。

「は・・・はぁ。確かに私もそう思います。七海さんは本当に年齢より若く見えるかと」

・・・あれ?

「あの・・・バゼットさん、母さんがバゼちゃんっていうのもう止めないんですか?」

「・・・せめてものお詫びです。ペナルティとしてそう呼んでも良い事にしました」

バゼたんとかバゼぴょんとかよりは、余程マシですし・・・。とも付け加えてくれた。代替案でそんな呼び名出しやがったのかあの女!

「すいません、後であの女を修正しますので勘弁してやってください」

「いえ、お気にならさず。元々こちらに非がありますから」

「いや〜、悪かったな少年、まぁ若気の至りってやつだ。勘弁してくれな」

と、母さんのお墨付きな許しも得たランサーはまたもぱしぱしと肩を叩いてくれる。ちくしょう、こっちは自分で片付けないといけないってのに、元凶のコイツと来たら・・・。あ、良い事思いついた。けけ。

「母さん、せっかくだしおやつにアレ作ったらどう?褒めてくれたお礼兼ねて」

「あ、せやね〜。じゃあぱぱっとつくるからちょっと待ってな」

と言うと、嬉々としてキッチンへ向かっていった。



「そういえば、バゼットさんとランサーさんって、なんでうちの母さんと知り合ったんですか?」

そう、そこだ。最初の疑問は。ランサーのガサ入れイベントですっかり忘れてしまっていたけど。

「えぇ、まぁ何て言う事は無いのですが、今日商店街に出向いていたら彼女が数人の若者に囲まれていまして」

「なっ!?」

ぼ、暴漢?

「って、母さんに怪我とかは―――」

「いえ、何か起こる前に私とランサーで連中を処理しました。彼女に怪我はありません」

「まぁ、聞いてみたら姐さんがシンナーやってるチンピラに注意したら逆に絡まれて・・・っていう事らしいな」

うわ・・・母さんなんて無謀な。

「まぁ、そこで見てらんなくてね、ちょいと助け船を出しただけ。そんだけだ」

「それで彼女が、お礼に家でお茶でもと。その・・・丁重にお断りしたのですが、『ええからええから』とそのまま・・・」

「・・・必ず後で修正しますので、ご勘弁を」

「いや、まぁ結局邪魔したから別にいいだろ?」

「あ、貴方が『据え膳食わぬは』とか何とか言って付いて行こうとしたから、私はやむなく」

多分、バゼットの言い分が正しいのだろう。・・・それにその例えはわざとか?わざとなんか?


「はい、おまちどーさま♪」

そして、キッチンから母さんが持ってきたものは、細長いコッペパン。尤も、真ん中に切り込みを入れ、隙間にみじん切りのタマネギを詰め、更にその上に長いソーセージを乗せてケチャップをまぶしている。
そう、もう答えは分かるよね?ホットドッグだ。ホロウをやってたオレは既に知っているが、ランサーにコレを食べさせれば素敵なリベンジを完遂できる。勿論、この世界じゃまだホットドッグのホの字も知らない筈。食べた時にその真名を解放する。フフ、その首、オレが貰い受ける。

「た〜んと召し上がって〜な〜。うちとしては、マスタードはソーセージに沿って細線一本分だけ塗るのがオススメやで」

「ほう、これは美味しそうですね。名前は確か・・・えーとすいません、食事には無頓着なので名前を忘れてしまいました」

「美味そうだな、このソーセージの焼き加減とか期待できそうだ。つか悩んでないで食おうぜバゼット」

名も知らぬ料理に期待を寄せるクランの猛犬(クー・フーリン)。さて、劇的ビフォーアフターの時間がやって参りました。

「全く、貴方は食に関して卑しすぎます。作ってくれた七海さんに感謝の言葉も無いのですか」

「ええよええよ。早よ食べてみて。感想聞かせて欲しいねんから」

「おう、じゃ頂きます姐さん」

「ふぅ・・・貴方という人は。・・・頂きます」


はむっ。


「・・・へぇ〜こりゃイケる」

「ほぅ・・・これは中々」

どうやらホットドッグは2人の口に合ったようだ。はぐはぐとドンドン食べて行っている。

「タマネギとケチャップとマスタード、それにソーセージが良い具合に混ざってる。美味いぜ姐さん。そういやコレの名前、何て言うんだ?」

「あぁ、それな〜」

真名解放は母さんに任せよう。行くぞアルスターの御子。飛び立つ準備は万端か?ってね。


「ホットドッグ言うねん」


ピキン。石化した。ランサーのみが。バゼットが「あっ」と呟いたがもう遅かった。リベンジ完了。

「?ランちゃんどないしたん?」

「あ・・・いや、彼はですね・・・その、幼少の頃にドッグと名の付く食べ物は犬の肉を使っているとすり込まれまして、それ以降ドッグという名前が入った食べ物だと分かると拒否反応が出るんです」

「え、えぇ〜!ランちゃん大丈夫!?ランちゃん!」

カクカク。真っ白になっているランサーに反応はない。

「ランちゃん!」

ペシ!ランサーの頬を両手で挟み込む。と、少しだけランサーが復活した。その光景にオレもバゼットも呆然とする。

「ランちゃん、これに犬の肉なんて入ってへんよ?名前だけ。これはパンとタマネギ、ケチャップ、マスタード。それにソーセージだけしかない。ソーセージだって豚肉なんよ?名前分かるまで美味しい言うてくれたやんか。怖ない。大丈夫やから。大丈夫」

そっと、手を頭に乗せて大丈夫を連呼する母さん。ランサーもあっけに取られていたが、

「わ、分かった。分かったから手をどけてくれ。食う、ちゃんと全部食えっから」

母さんを離してがむしゃらに残りのホットドッグを食べきってしまった。

「はぁ・・・はぁ・・・ご、ごちそうさん。美味かったぜ姐さん」

「ん!頑張ったなーランちゃん。偉いで〜」

「だ、だから頭を撫でようとしないでくれ!」

すげぇ、ランサーが手玉に取られてる。いや、サーヴァントとしての殺気とかあればそんなの関係ないだろうけど、それでも百戦錬磨の英霊を相手にできる母さんって一体・・・。

「良かったわ〜。さて・・・すーはー・・・」

と、1つ深呼吸。そして、


「・・・じ〜〜ん〜〜」


空気が一段階凍りました。

「・・・はひ」

「ランちゃん、ホットドッグダメなん知ってたん?」

「・・・何となく直感で」

嘘100%ですけど。

「もう、あかんやんか。ランちゃんに謝り」

「・・・スイマセンでしたランサーさん。まさか本当にホットドッグダメだったなんて思わなかった物で・・・」

「いや、まぁ・・・そんなに気にすんな。もう怒っちゃいねぇよ。オレだって少年の部屋の件もあるんだ、これでホントにチャラな」

「・・・はい」





「今日はどうもありがとうございました。お茶とホットドッグ、美味しかったです」

「お粗末様です〜。またいつでもええから家に寄ってってなバゼちゃん。今度は食事もごちそうしたいし」

「えぇ、仕事が一段落したら是非」

「それじゃ少年、縁も出来た事だし、また会う事もあるかもな?」

「ははは・・・どうでしょう?」

「まぁ、また何度も会うような気はするがな。何となくだが」

出来れば勘弁願いたい。口には出せないけど。

「それではまた。夜は不用心ですので、あまり外出しないように」

「子供じゃないんですから、大丈夫ですよ」

「そういう意味で言ったわけではないのですが・・・いえ、なんでもありません」

「またな〜バゼちゃん」

「えぇ、またいつか。七海さん」

バタン。

「・・・はぁ〜」

疲れた。まさかあの2人が来るなんて思いもしなかった。何か作為的な物を感じるがオレの気のせいであってほしい。疲れがたまってるし一旦寝るかな。

「あ、陣〜。母さんもうちょっとしたら柳洞寺行くから〜」

はい?

「なんで柳洞寺?」

「鳳千(ほうせん)さん・・・あぁ一成君のお父さんがね、またお酒飲もうって電話貰ったんよ」

「ふ〜ん、あっそ。オレは寝るわ。色々疲れたし」

じゃ、と2階へ昇ろうとした時、

「あ、陣〜」

「今度は何〜よ?」

「えっとな、向こう行くん久しぶりやし―――」



「アンタも一緒に来ぃ」


inserted by FC2 system