キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン♪

「連絡事項は以上だ。では今日はここまで。日直、礼を」

きりーつ、礼!・・・さようなら〜!

1月31日(土)。この四日間、何をするにも上の空だった。いよいよ聖杯戦争が近付いて来だしているというのもあったけど、それ以上に、あの夜イリヤに出会ったこと―――オレの存在がバレていて、しかも死ぬと宣告されたのが一番でかかったのだろう。
とぼとぼと帰り道を歩いていく。・・・そうだ、久しぶりにマジックでデュエルしていこうかな。新都にカードショップがあったのを日曜日に見つけたので、そこで遊んでいこう。ついでに何枚かレアカードを衝動買いするか。そこ、現実逃避とか言うな。こんな事でもして遊んでないと精神的に持たないんですよ。



新都の駅前まで来たとき、手持ちがあまり無かった事を思い出した。仕方ないのでコンビニATMでお金を引き出そうと思い、目の前のファミマに入ると―――


―――コンビニATM機の前で、親の仇を見るかのようにディスプレイと睨めっこしているバゼットに出会ってしまいました。






『Fate/The impossible world』





何事かと思い、暫く様子を見てみることにした。ディスプレイの前で、口元に手を当てて何やら思案している。くるくると苦い表情になったり怒ったような表情になったり訳の分からない表情になるバゼット。喜怒哀楽の内、怒と哀の百面相フルコースって感じだった。
そして、意を決したのか銀行のキャッシュカードを機会に投入し、

『暗証番号を入力してください』

の指示通りに震える指先をタッチパネルへ導き、4桁の数字を入力していく。
ピ・・・ピ・・・ピピ。

『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

そんなバカな!と言いそうな驚いた表情のバゼット。口元に手を当てて4桁の数字を思い出し直し、もう一度トライ。

『暗証番号を入力してください』

ピ・・ピピ・・ピ。

『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

カード排出。めげずにもう一度トライ。
ピ・・・ピ・・・ピピ。

『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

カード排出。めげずにもう一度トライ。
ピピ・・・ピピ。

『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』



・・・どうやら手が震えてるせいで、どこか番号を重複して押してしまっているようだ。
それでもバゼット、ネバーギブアップの精神で再度トライ。

ピ・・ピピ・・ピ。
『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

ピピピ・・ピ。
『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

ピピピピ!
『暗証番号が違います。カードを入れ直して、もう一度入力してください』

「・・・・・・」

うわ・・・あそこまで失敗し続けるのもある意味凄い。って、もうトライしないのかなバゼット?俯いたまま黙っちゃって・・・ん?懐から何か出したぞ。黒っぽいそれを右手に持って行って―――



―――――キュッ。



「待て、何しようとしてんかほぼ100パー予測出来るけどちょい待たんかい!」

気付いたら、オレはバゼットを後ろから羽交い締めして押さえてた。一瞬で気取られずに近付けたその敏捷は一瞬ではあったがA++を越えていた。

「じ、陣君?貴方いつの間に・・・?」

「そ、そんな事よりバゼットさん!アンタ今何しようと考えてたんですか!速攻で公的機関召喚されますよ!?」

「な、何のことを言ってるんですか陣君?私は何も―――」

「―――ATM壊そう思うてたでしょ?」

「―――――」

「―――――」

数秒間の沈黙。

「――――――――――――。まさか」

その沈黙何!?やっぱ思うてたんよな?ATM壊そう思うてたんよな?な?な?なぁ!?




『カードと紙幣をお取り下さい。ありがとうございました』
ピンポンピンポン♪ピンポンピンポン♪

「わざわざすみません陣君。お手数をおかけしました」

「いえ、これくらいなら別に」

結局、オレがバゼットの口座から現金を引き出して上げた(勿論、暗証番号は絶対秘密にして悪用しないと約束した上で)。十数枚の諭吉さんとカードをバゼットに引き渡す。・・・というか口座の金額見てオレ蝶ビックリ。何?あの桁数。0が7つあってその上にまた数字が2つくらいあったんですけど?

「少々出費がかさみまして、普段は銀行の窓口を使うのですが、日本の銀行は土日祝日は休みですので仕方なくATMで下ろそうとしたのですが、その・・・こういった機械は私少々苦手なもので」

遠坂といい衛宮といいこの人といい、魔術師はアナクロなのが基本なのだろうか?ハイテク万歳な現代じゃ肩身が狭いよね、実際。

「まぁ人には得手不得手がありますので。タイミングが合えばいつでも手伝いますから」

「それは助かります。ありがとう、陣君」

「―――ですから今度からATMぶっ壊そうとしないでくださいマジで。知り合いが強盗未遂で前科者になるのは忍びないです」

「―――肝に銘じておきます」

そしてオレもATMで金を少し引き出し(数万と数億の桁差に分かってはいるがヘコんだ)、バゼットに安くて申し訳無いですがお礼にと肉まんを奢って貰った。いい人だ。

「そういえば何かバゼットさん、今日機嫌が良いですね」

「そ、そうでしょうか?私、何か不審な所でも?」

「いや、まぁそわそわしてると言うか・・・何か期待に胸がドキドキしてるというか」

「あ〜・・・まぁ、その。今日急に、ここに滞在している仕事仲間が会いたいと電話がありまして。会うのも数年ぶりなので少し楽しみなのかも知れません。だからでしょうか」






―――――あ。そうか、今日だったのか。







―――――バゼットが、言峰に騙し討ちされる日は。






―――――重傷を負わされ、左腕を斬り飛ばされ、ランサーを奪われる日は。






「陣君?どうかしましたか?顔が凄く青いようですが」

「あ・・・い、いえ、何でもないです。何でも・・・」

「あ、もしかして肉まん美味しくありませんでしたか?」

「そ、そんなことは・・・。美味しいですよ、肉まん」

コンビニの肉まんだから美味くもなければ不味くもないが。

「さて、もうすぐ『彼』がやってくる時間ですし、私はこれで失礼しますね」


ドクン。


「あ、そうですか。じゃあ、オレもそろそろお暇しますね」


―――オレは、見捨てる。


『その子の言うとおりです。何を血迷った事を考えているのですか、ランサー』


「えぇ、それではまたどこかで会いましょう。陣君」


―――この人を。バゼット・フラガ・マクレミッツ。その人を。またなんてもう起こり得ないと知っている事を隠して、見捨てる。


『か、可愛いってそんな。わ・・・私なんて別に・・・って、そ、そうではなくてですね!』


「えぇ、それじゃ。またです」


―――後はこのまますれ違って終わり。これでこの人は史実通りに脱落する。


『それは助かります。ありがとう、陣君』


この年齢不相応の幼い笑顔が似合う、優しい女性をオレは見捨て―――


「あのっ!」

「・・・え?」

―――――るか。見捨・・・れるか。見捨てられるか、見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるか見捨てられるものか!!!!
いつの間にかオレは、すれ違ったばかりのバゼットのスーツの裾を引っ掴んでいた。

「あの・・・ですね!」


―――ヤメロ



「は、はい。どうかしましたか陣君?」


―――イウナ



「む、虫の知らせというか、何というか・・・この後、絶対気を抜かないで過ごして欲しいんです!疑心暗鬼に接するくらいが丁度良いと思うんです!」


撤回シロ!今ナラマダ間ニ合―――



うっせー!黙ってろナマモノ!!!!


「懐かしいとか言う気持ちは止めて、その・・・一挙一動をしっかり見て下さい。お願いします!」

「な、何故そうしなければならないんですか陣く―――」

「理由は何となくなんです!でも、その、お願いします!お願い・・・します・・・」

ぎゅうぅぅ・・・。つい腕の裾を強く握りしめてしまった。バゼットが苦悶の表情を見せる。でも悪いが離せない。了解して貰えるまでは、離せない。

「わ、分かりました。分かりましたから腕を離して貰えませんか?少し、痛いです」

「ホント・・・ですか?」

「えぇ、本当ですから」

パッ。と、オレは腕を離した。

「ふぅ・・・一体どうしたんですか陣君」

「その・・・あ、そう!オレ、小さい頃から嫌な予感とかすると何かピーンと来るんですよ。頭の前光った!みたいな」

「は・・・はぁ」

「ただそれだけなんですよ。ちょっとだけ気にして貰えると嬉しいかなぁ・・・なんて。アハハハ・・・」

こ、この期に及んで苦しい言い訳だ。さ、さっさと退散しよう。

「そ、それじゃオレ用事あるんで!さようならバゼットさん!また会いましょう!!」

「あ!じ、陣君!?」

バゼットから逃げるように・・・いや、実際逃げてるんだけど・・・オレは新都の駅ビルへ走り去っていった。






Interlude

一体どうしたことだろうか?突然彼は気を抜くな。気を許すなと警告して走り去ってしまった。

『な〜んかちときな臭いな、バゼット』

霊体化していたランサーから念話が来る。

『それには同感です。彼は、何か知っているんでしょうか?』

『魔術関連でって事か?そりゃねぇだろ、少年からは魔力のまの字も感じられねぇぜ?本職のアンタですら何も感じなかったんだろ?』

『えぇ、彼は完全なシロです。魔術師でなければマスターに成り得ない。多分、本当に虫の知らせというやつだったのでしょう』

『ふ〜ん、まぁ何もない一般人の戯れ言だと受け止めるのは簡単だが、ちったぁ心に留めといてもいいんじゃねーか?』

『えぇ、まぁそうですね。片隅に留めましょう』

『金を引き出してくれた事の礼も兼ねてな』

『うるさいですよ!』




―――――3時間後。




場所は私達が仮住まいとしている幽霊屋敷に移る。
日も落ちて来た頃に、彼は・・・言峰綺礼は現れた。

「久しぶりだな、バゼット。最後に会ったのは・・・数年前の任務以来だったか」

「えぇ、貴方も変わりなくエセ神父をしているようですね」

「ハ―――これは手厳しい。これでも神に仕える物としてきちんと職務を全うしているつもりなのだがね」

「魔術協会にも教会にも両方籍を取っているのによく言いますね。だからエセなんです、貴方は」

「私個人の目的のためだ。魔術にも属しているからと言って、聖職をやってはいけないと言う道理はあるまい?」

「暗黙の了解なのに、いけしゃあしゃあと言えますね」

ふふ、と彼は可笑しそうに笑った。

「それは双方の老人どもが勝手に作った圧力だ。私が従う必要などないだろう。それに、奴らも私を毛嫌いしているようだが、同時に利用もしている。お互い様というやつだ」

無論私も老人どもを毛嫌いし、また利用しているがね。と付け加える。やはり彼だ。あの時―――最後に会ったあの黒い森の野宿で、短いが語り合い、腹の中を打ち明け合った彼だった。

「それで、今日いきなり会いたいとの事でしたが、何かありましたか?」

「あぁ、今回の聖杯戦争が始まるに当たって少し見据えておきたいのだよ」

「見据えておきたい?何をです?」

カツカツカツカツ。

言峰は厳かにそう述べ、法王の如く悠然と窓辺へ歩み寄っていく。それは、結果的に私との距離を一足刀の間合いにまで詰めたのと同義だった。

「前回の勝利者、衛宮切嗣は聖杯を手に入れた。にも関わらず放棄し、あまつさえ破壊しようとした。まぁ、器を破壊したところで意味はなかったのだがな」

「・・・それで?どういう事なのでしょうか?」

「ふむ、つまりはだ。私は今回の参加者に、正しく聖杯を顕現して欲しいと願っている。前回のようにまた破壊されぬよう、聖杯を真に欲するものを選別したいのだ。無論、私が介入しないようにすることは大前提だが」


チリ―――――


違和感。さきほどまで何も感じなかったのに、ほんの僅かだけざわつく。どういうことだ?彼はあの時のまま。何をざわつく必要が―――



『む、虫の知らせというか、何というか・・・この後、絶対気を抜かないで過ごして欲しいんです!疑心暗鬼に接するくらいが丁度―――!』



彼の言葉。只の一般人の戯れ言。それこそが、さっきのざわつきを察知させてくれた。この言葉がなければ、私は何も気付かなかった。いや、気付こうとしなかった(・・・・・・・・・・)だろう。
警戒しろと言う。このバゼット・フラガ・マクレミッツの、封印指定狩りとしてのバゼットがこの男を警戒しろと叫んでいる―――っ!





「そこでだ、バゼット。不躾で失礼極まりないのは充分承知の上なのだが―――」





『懐かしいとか言う気持ちは止めて、その・・・一挙一動をしっかり見て下さい。』





「選別の為に、お前のサーヴァントを私が頂く事にした」





『―――――お願いします!』





えぇ。そのお願い、確かに聞き届けさせて頂きました。陣君―――。

彼が隠し持っていた黒鍵が、愚直に、令呪のある私の左腕を分断するために、垂直に斬りかかってくる。それを私は、何も反応することが出来ずに呆然と見守―――




―――――ヒュッ。




―――――フォン!ガキン!!!




―――るわけが無い!瞬時に強化した自分の右手で黒鍵の側面を迎撃。練度より速度を重視したので、黒鍵を折るまでには至らなかった。


「――――――――――ほう」

「ランサー!!!」

「このクソカス神父(やろう)があぁぁぁぁ!!!!!!」

ヒュヒュヒュ!!

ギキギィン!!!

現界し、速攻で顔・心臓・腹の3点突きをランサーは繰り出すが、言峰はギリギリの所で全て受け切った。何というヤツだ!

「ふむ・・・今の闇討ちを防いでしまうとは。成長していないと思っていたが、いや中々どうして。見かけで判断するのは良くない典型的な例だな。以後は反省せねばならんな」

「・・・言峰・・・貴方は!!」

「そういきり立つなバゼット。こうなってしまっては白状するが、私がお前を推薦したのは、お前が一番私に対して油断し、令呪を強奪するのに楽な相手だろうと判断したからなのだよ」

「―――――」

「・・・貴様は確実に殺す。このオレが貴様の心臓だけじゃねぇ。その腐れ切った脳みそも、その不能で勃たねぇだろう●●●も穿ち殺してやるよ!確実にな!!!」

「ふ・・・どうしたバゼット。飼い犬は怒り頂点なりといった様相だが、お前はどうなのだ?ん?」

「――――薄々は勘付いていました」

言峰の思惑とは裏腹に、バゼットは冷静だった。

「貴方は普通とは相容れない。そんなこと、あの黒い森でのやり取りで悟っていました。只、私の浅はかな感情で、見てみないふりをしていた。只それだけ。再確認しただけだ。何を憤ることがあると言うのか」

「―――」

「―――バゼット・・・」

「だが、そんな私の浅はかな感情を取り払ってくれた子が居た!私は感謝しよう、その子を―――ちゃんと私を案じてくれたあの子に応える為に、貴方をここで殺す!行け、ランサー!宣言通り穿ち殺して見せろ!!」

「―――ヘッ!イエス、マイマスターってか!!?」



「―――残念だがそういうわけにはいかんよ」



―――パチン!



ボシュウゥゥゥゥ!!!言峰から白い煙が吹き出し、部屋一面を充満させる。

「くっ!ガス・・・いや、煙幕か!?」

「たわけ!!煙幕程度でオレから逃げられるものかよ!!!」

ビュン!ランサーの愛槍が言峰の居た場所を寸分違わず射抜く。しかし―――

「消え・・・・・・た?」

「な・・・バカな、周囲からヤツの気配が完全に消えた・・・だと!?ありえねぇぞおい!」

「落ち着けランサー。もう言峰は逃げ仰せた。追跡も無駄だろう」

「・・・くそっ!!」

「教会に強襲しようなどと思うなよランサー?言峰の事だ、隠し玉くらい用意してあるだろう。サーヴァントを圧倒できる程の隠し玉を」

「ちっ。―――これからどうするバゼット?」

「教会の開始を待つまでもありません。現状は偵察を続行し、ほぼ全てのサーヴァントを確認しだい、我々の戦いの幕開けとします」

「おう、それでかまわねぇよ。―――で、今まで通りって事は、仮に一般人が戦いを目撃しちまったら」




「―――無論、誰であろうと始末してください。一切の情けもかけずに」



Interlude out


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