Interlude-1
ランサーに見つかったバカな生徒を助けた。名前は衛宮士郎。なんで助けたのか、理由は自分でもよく分からない。只、あの子が・・・桜が悲しむからと、そんな人間じみた感情で、切り札の一番でかいカードを早々に切ってしまった事は事実。全てが終わったら、こいつからむしれるだけむしり取ってやろうか?そうだ、それがいいたった今決めた。
「―――これで良し。一応生き返った。後は自分で何とかする事ね、2度目からはもう助けないから」
というか、助けるだけの大魔力なんてもう持ち合わせていないし、あったとしても聖杯戦争を生き残れない。いや、何より運良く聖杯戦争を切り抜けた後に私が破滅します勘弁してください。
っと、アーチャーが戻ってきた。随分早い帰還だ。最速とはいえ、もうランサーに撒かれたのだろうか?
「お帰りアーチャー。もうランサーに撒かれたの?」
「いや、追おうと思えばまだ何とか追えていたと思うがね」
撒かれることに変わりはないかも知れんが。と付け加える弓兵。はぁ?じゃあ何で追わないのよこのトンチキ!
「・・・何を言いたいのか、手に取るようにハッキリと分かるな君の表情は。一応面倒な報告がもう一件発生してしまったので連絡しに戻ってきたのだがね」
「・・・何よ?これ以上面倒な事なんてもう無いで―――」
「―――――もう1人、目撃者が居たようだ。ランサーに始末された後のようだったが」
『Fate/The impossible world』
タッタッタッタッタッタッタッタ・・・!
「どこ!?アーチャー!!」
「2つ上階の廊下の奥だ」
なんて厄日だろう。今日に限って2人も残っていたなんて!もう私の宝石じゃ蘇生できる魔力は出せないっていうのに・・・!
「凛、何故目撃者の元へ向かうのだ?元々助けられない命であれば、放置していても特に問題ないと思うのだが?」
「黙っていなさい!私は魔術師だけど、冬木の管理を務める遠坂でもあるのよ!私の管轄する土地で魔術に関係して死んだなら、助けられなくても死に様を見届けるのが筋だし、それ以前に義務よ!」
「・・・全く、余計な苦労を好き好んで買い込む人間なのだな君は。なるほど、だからこそそんなに浪費家でもあるのか。納得がいったよ」
後でこの笑いを堪えた弓兵にガンドマシンガンを食らわせよう。そうだ、それがいいたった今決めた。
「・・・ここだ、凛。あの奥にもう1人の遺体がある」
と、アーチャーは言うが、月が隠れているせいでよく見えない。ほぼ真っ暗なのだ。私には千里眼なんて持っていないから、だいぶ近付かないと見えない。
カツカツカツカツ。
近付くにつれ、段々と輪郭が朧気に見えてきた。どうやらまた男子生徒のようだった。全く、こんな時間にうろつくなんて余程運が悪かったのね、貴方。衛宮君並の運の無さだったわ。・・・同情はしないけど、せめて死に顔くらいは覚えておいてあげる。
だが、更に近付く必要は無かった。申し合わせたように―――霊安室で故人の死に顔を覆っている白い布をめくるように、月が照らし始めた。足下から徐々に露わになるその姿。地面にへたり込んでだらりと手足を伸ばし、光が灯っていない虚ろな瞳で天井を仰いでいたその死に顔は―――
「――――――――え?」
嘘・・・・・・。
その顔には見覚えがある。こげ茶色で短めの髪、少しだけ童顔で、笑えば余計に子供じみた・・・イタズラ坊主みたいな、でも何となく憎めないその顔。
何で、アンタな訳?関わり合いたくないから喋らないって言ってたじゃない・・・何で?本当に・・・・・・アイツといい、アンタといい・・・。好奇心で首を突っ込んだのか彼は。もしそれで死んだのなら、本当に無様だ。
「ふむ、この少年もこの学園の生徒のようだね。こんな時間にこの場所にいたとは・・・不運だな、自業自得というヤツか」
クク。と、哀れむように笑うアーチャー。同意見の筈なのに、何故か心にざわついた。要するに、ムカついたという事なんだが。
それにしても、衛宮君と比べたらなんて綺麗な死に様なんだろうか。衛宮君にはこう、捨て鉢にした感じでポイ。といった殺し方だが、七枷君は違った。命が奪われたことに変わりはないが、手向けだ受け取れって感じで・・・上手く言えないが、敢えて言うなら『優しく殺した』という表現が適切かも知れない。殺すに優しいも優しくないも無いだろうと思う人もいるだろうが、そこは突っ込まないでくれると助かる。
そこへ、月明かりが延びて彼の顔をハッキリと照らし出し―――
―――――私は、どこまでも浅はかだったのだと、思い知らされた。
好奇心で殺されて無様?綺麗で優しく殺された死に様?何を血迷って見当違いしているのだ私は。彼は、必死だったんじゃないか。死にたくないって、殺さないでって懇願していたんじゃないか。それを無慈悲に心臓を貫かれて、もう助からないのにそれでも生きたいって抗っていたんじゃないか!なんで分かるかって?当たり前でしょ!?
―――彼が流していた涙の跡とこの表情を見れば、どんなにぶちんだって分かるわよ・・・。
「・・・アーチャー」
「何だね?凛」
「周囲を哨戒して。ランサーがまだ近辺にいないか探って、可能なら追跡しなさい」
「・・・無駄だ、やつならとうの昔に離脱してしまっている。そんな事に時間を費やすのは、君の言う心の贅肉なのではな「いいから行きなさい!!」・・・了解した。それこそが心の贅肉だぞ、マスター」
アーチャーをさっさと行かせた。心の贅肉?そうよ、悪い?というか残念ねアーチャー。これはワンランク上の心の税金よ。読みが足りないわね、ザマーミロ。
「・・・フン、関わり合いたくなかったって言ったのにサーヴァントに殺されるなんて、とんだマヌケね、貴方」
『あぁ、それくらいの小物ならまぁ全然オッケー。このネコの絵がプリントしてる皿でいいの遠坂さん?』
あの日、新都で付き合って貰った借りの清算。・・・なんでこんなの思い出すのよ私。
「こんな事なら、あの日に無理矢理にでも事情を聞いておけば良かったわ。そうすれば、聖杯戦争を有利に進められたのに」
『むぅ・・・4500円か〜。ちと高いような気も・・・う。い、いえ奢ラセテ頂キマス』
ちょっと笑顔で強請ったら、面白いくらいに表情を変化させてくれた彼。それを見るのが結構楽しかったっけ。
「ホント、面倒くさい。私の事後処理の事を考えて欲しいわ。あ〜あ、始末書盛りだくさんで頭が痛い」
『―――――。た、たっけて・・・・・・』
最後の買い物は冗談のつもりだった。細かい借りなのに、結局彼は2万以上する高級品を買ってくれた。あれは内心驚きであった。意外と甲斐性あるなぁとか、ちょっと好感持てたっけ。
でも、そんな彼はもういない。私のせいで、私が学校なんて戦いの場に選んだせいで―――彼を死なせてしまった。私が・・・殺したようなものだ。
「・・・・・・。―――さい」
ヤメロ、それ以上いうな遠坂凛。わたしは魔術師だ。聖杯戦争中の事故よ、気に病む必要なんて無いわ。
「ごめ――――さい」
心の税金よ、忘れなさい。ここであった事は忘れなさい。いえ、そもそも新都での出来事を忘れれば今現在の事を考える必要もないの。今は只、聖杯戦争に勝ち残ることだけを考えなさい。
「―――――ごめん、な、さい」
ダメだった。自分を言い聞かせようと虚勢を張った。でもダメだった。張り子の虎だった。自分を騙しきれなかった。一度言ってしまえば、もう濁流を止める事なんて出来ない。
ギリ・・・。
握り拳を更に握りしめた。皮膚が食い込む。後もう一押しで、皮膚が破れて赤い液体が出るかも知れない。
・・・ブチ。
取りあえず、噛みしめていた下唇が先に現界を越えた。口の中に鉄の味が広がる。でも、そんなの気にする余裕はなかった。
「――――ごめんなさい、七枷君。私、貴方を・・・助けてあげられなかった」
頭を下げた。いつの間にか魔術師遠坂凛はどこかへ引っ込んでしまい、只の遠坂凛が、そこにいた。そのうち教会か協会によって、彼は行方不明扱いされる。いつかは七枷陣という存在はみんなから忘れ去られるだろう。だが、せめて私は忘れないでいよう。七枷陣という男の子は、紛れもなく―――
―――この、穂群原学園2−A、遠坂凛の前の座席にいたのだから。
Interlude-1 out
Interlude-2
凛が陣の亡骸を発見する時間帯からは、若干時刻は遡る。
『ランサー?アーチャーと交戦すると宣言してから、今まで念話しませんでしたね?何かあったのですか?』
『ん・・・あぁ、ちょいと面倒ごとがあってな。一般人に目撃されてな、仕方なしに始末してたから連絡出来なかった。後、アーチャーの野郎の追跡がしつこくてな、撒くのに時間かかったってのもあるが』
『なるほど、一般人があの学校にいましたか。現地の学生ですか?』
『あぁ、それも2人もいやがった』
2人・・・。その2人はどうにも運に見放されていたようだ。何か用事でもあったのかもしれないが、見てしまえばそれまで。同情の余地はない。
『そうですか、無論全員始末しましたね?』
『あぁ、滞りなく2人ともな・・・』
・・・?何か違和感があった。ランサーがいつも以上に捨て鉢に・・・というか、この上なく不機嫌なようだった。
『どうしましたかランサー?始末した人間に何か問題でも?』
『別に。1人は名前も知らねぇ赤い髪の坊主で、もう1人がアイツだったってだけだ』
何を言っているのだランサーは?いつも要領を得ない言い回しは好きじゃない。
『アイツ?誰ですかアイツとは。話の内容はもっと具体的にしなさい』
『・・・。少年だよ、少年。七枷陣。アイツも学校に残ってやがった』
ぐらり。
意識が遠のく。一瞬足下がおぼつかなくなり、身体がよろけかけるが何とか足を踏ん張りなおした。
『・・・陣君が・・・ですか』
彼は私を助けてくれたのに、私は彼を殺した。恩を仇で返すとはまさにこの事だ。
『ランサー、貴方・・・!』
『何だ?まさかバゼット、自分を助けてくれた恩人を始末するとは何事かと言うつもりじゃあないだろうな?』
『それ・・・は』
ランサーは明らかに苛ついた口調で続ける。
『神秘を見てしまった人間は、神秘を秘匿するために消さなきゃならねぇ。誰だろうと例外なく。少年だろうと、見てしまったからには仕方ねぇだろうが。それとも何か?少年は例外として見逃したかったのか、魔術協会のバゼット・フラガ・マクレミッツさんよ?』
―――そう、ランサーの言う事は正しい。例え命を救ってくれた彼でも、それとこれは話が別だ。神秘の秘匿のためならその手にかけなければならない。それが、魔術を扱う者の掟。絶対の鉄則。
『・・・いえ、貴方の判断は正しい。ご苦労様でした、ランサー。引き続き偵察を続行して下さい』
そう返すのが魔術師として正しい在り方。でも、それでもどこか納得が行かなかった。
『――――――――――』
だから、せめて黙祷を。私がもし命を落とし、死後また貴方に会うことがあれば、一切の責めを受けましょう。煮るなり焼くなり犯すなり、好きなだけ。貴方がくれた恩を、私は仇で返しました。当然のペナルティでしょう。・・・尤も、貴方は怒りはしますがそんな事を望んだりはしないのかも知れませんが。
『バゼット』
と、何やら信じられないものを見たような雰囲気でランサーから言葉が漏れた。
『どうしました?別のサーヴァントを発見しましたか?』
『さっき始末したガキの1人・・・赤い髪の坊主を発見した』
なんだと?どういう事なんだ、始末したはずでは?まさか、ランサー程の人物がし損じたとでもいうのだろうか?
『それはねぇよ、確実に心臓をひと突きにしてやった筈だ。・・・まぁいい、迷い出たならまた殺すまでさ。ちょっくら行ってくる』
『あ、ランサー!』
く・・・念話を切ってしまったか。・・・それにしても、始末したのにまだ生きているとは。その少年は、まさか魔術師だとでも言うのか?
『―――まさか、ですね』
Interlude-2 out
クライ。・・・クライ、クライ、マックラだ。一体どれくらいここに居るんだろう。自分が立っているのか、座っているのか、寝ているのか、はたまた浮かんでいるのか・・・最後のはあり得ないか。
今居るオレは死後の魂という存在なのか、それとも未だに血を垂れ流していて、消えかけてる意識の切れっ端なのか。
まぁ、それもどうでもいいか。もうオレは終わったんだ。何も考えず、何も感じず、このまま―――――
―――生きたいか?
その声は―――いや、意識は誰だろうか。男でもあるし、女でもある。いや、生物ですらないかもしれないが、確かに聞こえた。
「そりゃあ・・・ねぇ?生きれるモンなら生きたいっての」
でも無理って分かってる。心臓やられた。あんな酷い痛みを受けた。もう助からない。死ぬしかない。諦めるしかない。
―――生きたいか?
それでも、ソレは問いかける。きっと、ひたすらに問いかける。どんなに言い訳を考えて言おうとも、問いかけるだろう。
―――オレが、
本当
(
・・
)
に生きる意志を放棄しない限り、永遠に。
―――たい。生き―――たい。―――生きたい。こんなこと―――こんなことでオレは、オレはまだ死ねない!死にたくない!生きたい―――っ!!
光が、見えた。オレはがむしゃらにそれを掴もうと腕を伸ばす。それが、もう一度生を受けられると信じて、腕が外れようとも伸ばし続けた。
―――その時、オレは確かに「」に触れ、引っ掴んでやったんだ。
知らない言葉が身体に染み込んでいく。それは最初から、オレに―――オレの為だけにある言葉だった。
全ての言葉を飲み込むと、次に灼ける程熱い針金がオレの中に刺さってくる。痛みの感覚がない。只熱かった。50もの太い針金と、細い25もの針金が全てオレの中に納まってしまった。
次に、知らない風景を垣間見た。―――本。いや、バインダー・・・なのか?それは、何かをファイルする為だけにある部屋のようだった。資料室というには広すぎるし、何より棚の高さが異常すぎた。どこまでも高くそびえ立ち、先は見えない。
それで予習はお終い。後は実践だけだと、本能的に感じていた。ハロゲンヒーターみたく、スイッチを入れて、針金に熱を宿す。準備も触媒もとっくに揃ってる。そう、後は―――唱えるだけ。
■■魔術、起動
(
スタンディンバイ
)
。
「―――――ハッ!」
ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・。ここは・・・一体。周りを見回してどこか確認する。校舎の廊下だった。
「何で・・・こんなとこに」
頭の中が整理出来ない。取りあえず、喉が渇いて・・・み、水・・・。
ウォータークーラーが近くにあれば良かったけど、体育館にしかない。水道で我慢しよう。よたよたと洗面台まで歩いて水道の蛇口から水を飲み干す。
「ぷはー!」
生き返る。顔もついでに洗う。と、洗面台の鏡を見つめると―――
―――制服の左胸部分に、小さな丸い孔が出来ていた。
あ、思い出した。確かランサーに心臓貫かれて、それで・・・それで
くちゅり
って音がして―――
「―――っ!!」
吐いた。
あの感覚を思い出した。
吐いた。
痛くて痛くて、泣き叫びたくても出来なくて。
昼飯だったものを吐いた。
槍を抜かれて、血が飛び出て。
からっぽになったから胃液も吐いた。
身体が冷たくなって、意識も無くなってきて。
胃酸で喉が荒れ、血が混じってるが吐いた。
もうダメだって確かに感じた―――
濃密な、死の感覚を。
「う―――ぐ、ぐぅあああぁぁぁ!!!!」
泣いた。泣いた。ひたすら泣いた。
「うわああぁぁぁぁ!!!・・・ヒック・・・グス・・・あああぁぁ!!――うぐっ、ゴボェッ!」
泣いた。泣いた。汚物を吐きながら、みっともなく―――泣いた。
あの感覚を忘れるために、泣いて、吐いて、叫んだ。
気分は最低、体調も最低。そして、今の自分の心境は当然―――
―――最高に、嬉しかった。
嬉しい。嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいよぅ―――!!
死んだと思った。助からないと思った。でも生きていた。生きれた、生き残れた、生き返った。助かった!そう、助かったのだ!!どうして助かったのか。過程、経緯、そんなビスケットの歯くそにも劣るものなんてどうでも良かった。少なくとも今大事なのはその結果。生き返ったというその事実。それだけが全てだった。
その代償が号泣と嘔吐であるなら、いくらでもくれてやる。破格も良いところだ。大盤振る舞いしてやろうじゃないか!
時刻は夜中をだいぶ過ぎていた深夜に近い頃。
誰もいない校舎を舞台に、オレは1人再生の
号泣と嘔吐
(
オーケストラ
)
を演奏し続けていた。
Interlude-3
七枷陣の嗚咽が響く中、彼の倒れていた場所に1つの紙切れが置かれてあった。いや、紙切れではない、長方形の縁周りが黒いカードのようなものが淡い光に包まれていた。
そのカードには、髑髏の死者が墓場から這い上がるような絵が描かれていた。
そのカードには名前があった。
・・・「死者再生」と。
そのカードが放っていた光も徐々に消えて行き、役目は終えたと言うかのように、音もなく、砂のように崩れ、消え去ってしまった。
Interlude-3 out
一通り泣き続けた後、オレの倒れていた場所に戻り廊下を綺麗に拭いて、鞄を拾いオレは自分の家へ足を向けていた。とはいえ、身体はボロボロ、精神はもっとボロボロ。歩むスピードは遅かった。
でも切り抜けた。やっと、やっと今日が終わ―――
「ホント参ったね、どうも。お前まで迷い出ちまったのか、少年?」
やっと、やっと切り抜けたと思ったのに―――。
そんなオレの絶望を知ってか知らずか、青い槍兵はまた、オレの前に舞い戻ってきてしまった。