目を開けると、知らない天井が広がっていた。
「ここ・・・は」
何処だろう?周りを見渡そうと布団から身を起こし―――
「あ―――――グッ!」
痛い!・・・胸を刺すような痛みと、頭の中でぐわんぐわん回っている頭痛。疲労も取れていない。激しい倦怠感。まるで、何年も病院で寝たきりになっている入院患者のようだった。と、自分の鞄の中にある携帯電話を見る。2月3日(火)、時刻は午前6時25分を示していた。少しの間だが眠っていたようだ。
だるい身体に鞭打って、よろよろと何とか立ち上がり、部屋の外へ出てみる。
そこには、妙に広い庭があった。この風景は見たことがある。衛宮の家の庭だ。と言うことは、今オレは衛宮の家にいるのか?でも一体何で―――
『―――この瞬間、疫病王の特殊能力を発動させる・・・ってか?』
『さて、残りは後11回だ。今度は何のカードで潰してやろうか―――』
―――――ゴフ。
あ・・・そうか。オレ、倒れたんだっけ。でもよく生きていたな。あのままだったらバーサーカーに挽肉にされてるだろう普通。衛宮達が何とか追い払ったのか?いや、もしかしたらアーチャーの役割をオレが演じてしまったのかも。『セイバー達はいらないけど、ジンに興味が沸いたわ』みたいな。
「・・・それにしても」
何故、あの時あんなにも気分が高まったのだろうか。今思い返しても、あんなぶち切れたヤツ、自分じゃないってば。何?あの精神患ったような笑い声。そりゃ遠坂も衛宮も引くって。
「・・・鬱だなぁ」
会うのがひじょーーーに気不味い。でも会わないわけにも行かない。とぼとぼと板張りの廊下を歩いていく。・・・最近、ヘコむような歩き方ばっかりしてるような気がする。更に鬱だ死のう、AA略・・・って感じだ。
と、どこからともなく良い匂いが・・・。みそ汁か?くんくん、と匂いの発生元を辿って障子を開けると、
「おう、七枷。おはよう、結構うなされてたけど身体は大丈夫か?」
「あ・・・あぁおはよう衛宮。身体がだるいけど一応大丈・・・・・・夫」
目の前に、台所に立ってる衛宮がいる。それは別に良い。Fateをプレイしてて嫌と言うほど知ってますから。で、返事をしようとしたら詰まってしまいました。その原因はですね・・・
―――――そこのでかいテーブルに正座して座っているはらぺこ騎士王さんと赤い大量複製機なお兄さんが、何故か両方ともこちらを威圧するように見つめてるからなんです。・・・ゴメンナサイ、この空気に飲まれてだるい身体に別の鞭が打たれてます。ぶっちゃけ、精神的にキツくて死にそうです、助けてママン。
『Fate/The impossible world』
・・・・・・。え〜〜〜と・・・。この沈黙は何なんでしょうか?じっと見つめられるとオレ照れちゃいますよ、手屁☆・・・ゴメン、冗談です。現実逃避出来れば何でも良かった。今でも反省していない。取りあえずは、
「お・・・・・・おはよう・・・ございます?」
何故か疑問文で挨拶するオレ。
「―――――。おはようございます」
「―――――。フン」
にべもない。凄く警戒されてます。ライオンの檻の中に入った兎な気分です。何て言うか、愛が足りない!って感じです。ZOOって歌が頭の中で演奏されそうです。愛を〜くださ〜い〜♪Oh〜〜♪・・・・・・うぅぅ。
「うっし!メシが出来たぞ〜」
おぉ!殺伐としたスレ・・・じゃなくって居間に救世主が!その名は、ようか・・・ではなく衛宮士郎・・・!こんな雰囲気が真っ暗な場所で、悠々と料理を並べて行っている。少なくとも、セイバーはほんの少し意識をそっちへ向けてくれたようだ。
「ほぅ、これは中々美味しそうな・・・っと、そうではなくてシロウ!その者から離れて下さい!」
武装こそしないものの、セイバーがオレと衛宮の間に割り込んで対峙する。
「え・・・あ、いやその、何が何だかで・・・どうし「黙りなさい
魔術師
(
メイガス
)
、それ以上シロウに近付くのであれば、容赦なく叩き伏せます」あ・・・ぅ。はい・・・」
・・・ホント何?何なのこの扱い。つい数時間前に比べたら雲泥の差なんですけど。
「セイバー、七枷は敵じゃないって言ったじゃないか。あいつはオレの友達なんだ、そんな風に悪く言わないでくれ」
「しかしシロウ!彼は魔術師です、貴方は彼に騙されているかも知れないのですよ?ならばおいそれと近付く事は私が許しませ「セイバー」」
じ・・・っと、衛宮はセイバーを見つめる。
「シ、シロウ・・・」
「アイツはそんなやつじゃない。セイバーは知らないだろうけど、七枷は良いヤツだ。オレが保証する」
「・・・・・・。分かりました、マスターがそこまで言うのであれば。ですが今は彼を一番遠くの席に座らせてください。こればかりは一歩も譲る気はありませんので」
「む・・・。あ〜七枷、悪いんだけど一番奥の席に座って貰って良いか?」
「あ、あぁ・・・それは一向に構わないけど」
言われた通り、衛宮から一番遠い奥の席に座る。で、左右には剣と弓の英霊が配置、対面の最奥には衛宮という配置で落ち着いた。って、ん?遠坂がいない。まだ寝てるのか?
「あ〜、衛宮。遠坂さんってどこか行ってるのか?」
「いや、遠坂なら客間の1つを使って貰って寝させた。もうすぐ起きると思うけど・・・」
スー・・・・・・パン。と、そこで障子がタイミング良く開く。遠坂なの―――
「お゛はよ゛〜〜〜・・・・・・みんな朝早いのね・・・」
―――か?い、いや・・・のそのそと台所へ歩いていく姿がなんかゾンビっぽいんですけど遠坂サン。勿論、目の下には隈が浮き出ていて目が死んだ魚のように濁っている。うわ・・・生で見るとまた凄い絵だな、低血圧遠坂は。オレも衛宮も呆然と通り過ぎる様を見守る。
「・・・衛宮君、牛乳ある?」
と、部屋の壁に頭をぶつけてそのままだらりと両手をぶら下げ問いかける遠坂ゾンビ。・・・怖。
「―――え?あ、うぇ!?」
再起動してないのに唐突に振られたから衛宮が狼狽えてる。あー可哀想に。
「ぎゅうううに゛ゅうううぅぅぅ・・・・・・」
怨嗟の声の如く牛乳マダー?チン☆と欲する遠坂さん。あ〜、多分某ガンシューでこんなの居たら、他の斧持ちとかドラム缶持ちとかよりも最優先でショットガンをぶっ放しそうだ。恐怖で。
「と、遠坂?牛乳持ってきたぞ、ほら」
と、衛宮がグラスに注いだ牛乳を遠坂に近付けると、
―――ヒュッ、パシッ!
グイーーーゴクゴクゴクゴクゴク。
フリッカージャブのように右腕が伸び、瞬時にグラスを奪い取ると腰に左手を当ててぐいーーっと飲み干した。
「―――――」
衛宮が更に呆然とその光景を見つめていた。何て言うか、多分遠坂に抱いていた様々な想いが悉くブロークンファンタズムってるんだろうなぁ。・・・合掌。
「―――ふぅ!あ〜やっぱり朝はこれが無いと始まらないわね〜。・・・ん?どうしたの士郎、ぼんやりとしちゃって?」
「―――いや、何でもない」
・・・哀れすぎる。
「さて、頭もすっきりとした事だし―――」
くるり、とオレへと向き直り、
「―――話して貰いましょうか、七枷君。貴方、やっぱり魔術師だったのね」
―――――はい?
「え、や、ちょ・・・まま待ってよ!オ、オレホントに魔術師なんかじゃ・・・」
「じゃあついさっき見せてくれたあの召喚は何よ!あれは正真正銘の魔じゃない、しかもバーサーカーを打倒とまでは行かないけど、拮抗しかけるくらいのパワーとスピードを持つ魔を!聖杯によるバックアップも無しで!・・・これが魔術や神秘じゃないなら何だって言うわけ?もしどれでもない何かなら、是が非でもこの無知な私にご教授頂きたいものですわね」
ヲホホホホ、とオレに詰め寄って来た。あ、ちなみに、オレ今襟元引っ掴まれてます。微妙に手首を返されてるので、首が緩く絞められてます。所謂恐喝ですよ、恐喝。ここは一発バシッと反論―――!
「い、いいいやですね、せせ先々週までは本当にオレ一般人だったんですよ!?つーかですね、オレ自身もあの時なんであんな魔法じみた力があるのか皆目検討もつかないわけで、何が何やら訳ワカンネって状態なわけですよ!?」
―――出来たら苦労しねぇんだよね。・・・でも出来たらいいなぁとか、思うくらいなら別に良いよね?激しく虚しいけど。
「ふ〜ん、あっそ。じゃあ何?この2週間ぽっちで突然魔術師として目覚めて魔術回路も雑草の如くにゅにゅにゅ〜って生えてきたってわけ?」
「あ・・・その・・・そうとしか思えないんですけども「
魔術師ナメんな
」っ!ぐぇ・・・」
更に首が絞まって・・・け、頸動脈が・・・!
「ふぅ・・・凛、ともかくその小僧に魔術を手に入れた切っ掛けになった出来事を聞き出した方が良いのではないかね?それと、そのままだとその小僧が落ちるぞ」
「むぅ―――分かったわよ。じゃあ七枷君、その切っ掛けになった事を話しなさい。っていうか
吐け
」
「・・・・・・あぃ」
で、ランサーに殺された経緯とその時に何かに触れた事を話した。表現しにくい所が多かったので、伝わったかどうか微妙かもしれない。
「・・・まさか、根源に触れたとでもいうの?でも、他に異能を手に入れた経緯が証明できないし・・・かといって隠している可能性も否定は―――」
遠坂はぶつぶつと、思考の渦に入っていってしまった。
「そんなことがあったんだ。う〜ん、オレにとってはかなり羨ましいかもしれないな・・・」
と、今まで黙って聞いていた衛宮がそんなことを言った。
「死にかけて訳わかんないまま特殊能力に目覚めた状況をか?・・・まさか衛宮って、M?」
「ち、違うぞ!そうじゃなくて、偶然にも七枷がそんな力を手に入れた事が羨ましいかなって思っただけだよ。オレは魔術師としては未熟も良いところだから、魔術回路だって作るのに時間かかるし、強化以外何も出来ないし・・・」
「あ〜いや、実はな衛宮。お前は―――」
「七枷君」
と、遠坂がオレの発言を遮る。
「えっと・・・何?遠坂さん」
「再検査を受けて貰うわ」
「再検査って・・・何の?」
「魔術回路の有無に決まってるじゃない。貴方の言うことが確かなら、今は魔術回路が張り巡らされている。あの召喚は絶対魔術だろうけど、一応の確認のためにね。それにどれくらいの本数があるか分からないし、結果如何によっては、根源に触れたかどうかの推測の目安にもなるから」
ちらり、と遠坂が視線を逸らす。その先にはアーチャーがいた。こくり、とアイコンタクトを受諾したアーチャーは―――
「・・・なんでオレの両手を後ろへ回してるんでしょうか?」
「いいから黙って拘束されていろ小僧。痛い目に遭いたくなければな」
何か嫌な予感満載で怖い。
「ちょ、ちょっと遠坂さ―――」
「あぁ、一応アーチャーに押さえて貰っただけだから。前に言ったと思うけど、ちょっと痛むかも知れないから。両手の爪が剥がれるくらいの。じゃ、早速行くわよ」
キィィィィ・・・と、遠坂の魔術刻印が輝く。
「―――あ、や、やっぱ嫌な予感するからちょい待っ」
「―――
Anfang
(
セット
)
」
と、いつかのようにオレの胸に手を置き、魔力が流れて来―――
「ア―――――ギ!!!」
瞬間、全身が悲鳴を上げた。痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
異物が来る!オレの回路にはそんなもの無い、そもそも属性自体が違うんだ!レギュラー車に軽油なんて突っ込むなよ!ストーブにガソリン入れるなよ!ぶっ壊れて大惨事に陥るだろうが!つまりそう言うことなんだって!相容れない!受け入れられない!受け流せない!
「―――む、これって・・・」
いや「これって」やないて!悠長に呟かんといて!痛いねん!めっちゃ痛いねんて!早く魔力止めるなりなんなりしてとにかくたーすーけーてー!!!
「・・・ふぅ。・・・なるほど、やっぱりか」
・・・そんな声にも出せない悲鳴が届いたのか、遠坂は魔力を流すのを止めてくれた。と同時に、アーチャーからの拘束も解かれ、オレは畳に突っ伏す。
「お・・・おい遠坂、七枷やばいんじゃないのか・・・?」
びくん、びくんと活け作りにされて最後の断末魔の如くビクつく鯛のようなオレの様子に、衛宮は危機を感じているようだ。衛宮・・・Exactly(その通りでございます)。
「え?あぁ〜・・・まぁ大丈夫なんじゃない?・・・ちょっと予想以上に拒否反応出てるけど。お〜い、七枷く〜ん。・・・生きてる?」
ぷちん♪
その言葉に、オレは全身痛む身体に鞭打って幽鬼の如くよろよろと立ち上がった。
「あ、何だ何ともないじゃない。ほら見なさいよ士郎、七枷君大丈夫だったじゃな―――」
「何すんねんワレ!!!」
半泣きでオレは遠坂の襟元を両手で掴み上げてがくがくと揺らしていた。視界の隅で赤い服着てる黒筋肉が、自慢の双剣取り出しましたが無視した。お前邪魔。取りあえず台所にでもすっ込んでろ。そしてぬか床を練ってキュウリでも漬けてやがれ。
「ちょっ・・・ちょっと七枷く」
「何!?アレ何やのん!?何が両手の爪が剥がれる程度なわけ!?あの小錦と曙とボブサップのトリプルボディプレスの後に、正面にオラオラ、背後に無駄無駄のラッシュの速さ比べを食らった挙げ句、トドメにニャンプシーな∞連打叩き込まれたような痛みが、両手の爪剥がれる程度って言うんか!
な?
な!?
なぁ!?
」
「あ、あはは・・・まぁ死んでる訳じゃないし、痛いって事は生きてるって証でもあるし・・・万事オッケーって事に」
「出来るかボケ!!」
ビキ!
―――あひん!未だに抜け切っていない遠坂の魔力の残滓が、オレの体内を刺激して、全身筋肉痛のように苛む。そしてその場にまたへたり込んでしまった。
「えっと、とにかく信じられない事だけど、貴方の身体は魔術回路で埋まっていたって事よ。さっきのでメイン50、サブで25も張り巡っているのが分かったわ。・・・と言うか、私よりメインの数多いって言う時点で信じられないんだけど。それに、それほどの激痛だったって言うことは、それだけ魔術回路的には敏感で質が高いって事でもあるの。良かったわね、僅か数週間だけで魔力だけは一流の魔術師並よ貴方」
「あーそーですかー」
全然嬉しくねーよバカヤロウ。せめてもの反抗としてオレは棒読みで返してやさぐれてやった。
「ま、まぁまぁ落ち着けって七枷。ほら、メシも出来てるしまずは食おう、直ぐ食おう!うん、それが良い」
「・・・はいはい、気を取り直してって事だろ?分かってるよ衛宮。・・・メシ食った後で、オレの知る聖杯戦争の史実を話すよ」
色々イレギュラーが混じってるから、参考程度に留めて欲しいとも付け加えたが、それでも衛宮も遠坂も・・・セイバーもアーチャーも真剣な表情でオレを見た。
「あ、後話す前にセイバーとアーチャーだけに話したい事もあるから、衛宮と遠坂さんは席を外して欲しいんだけど」
「何でよ?私達がいたら不味い話でもあるわけ?」
「まぁ、ちょっと・・・ね。とにかく席は外して欲しい。頼む」
「・・・まぁいいけど」
「オレも構わないぜ」
さて、前置きはこれくらいか。
「さて・・・それじゃ、当面の問題を早く解決しないとな」
「当面の問題?何かあったっけ?」
「特に無いんじゃないのか?もう後はメシ食うだけで―――」
「あ〜衛宮」
「うん?」
「現実逃避したい気持ちはよく分かるけど、そろそろ現実を認識しないと大変だぞ?」
「え・・・な、何がさ?」
ちょいちょい。と人差し指でテーブルの2点を指し示してやった。そこは誰もいない。無人。でも、料理は並べられていた。いつもの習慣とは恐ろしいものだよな、ホント。その席はこれからやってくる2人組の専用席であろう。
「―――」
「―――」
「―――――」
「―――――」
「―――――――」
「―――――――お〜い」
「―――――――あ゛!!!」
ようやく分かったか・・・っていうか、思い出したか。そう、ここには当然家族同然の後輩と、いつも餌付けしている黄黒の縞々な生き物がやってくるよね?
「ま、まままま不味い!すっかり忘れてたぞ藤ねぇと桜の事!・・・どどど、どうしよう何て言い訳すれば・・・!」
―――ガラガラガラ!
「おはようございます先輩。もう起きてますか?」
「おっはよー!今日のご飯は何かな、しろー?」
本日のメニューは、異人2名、知人2名を素材とした『やり込めトーク
四重奏
(
カルテット
)
あかいあくま仕立て』にございます。初めての味覚に狂喜狂乱し、グッドなヘルとバッドなヘブンをご堪能下さいませ。
「ぐぁ!なんて素晴らしくバッドなタイミングで・・・!」
「今度はお前が落ち着け衛宮。ここは諸葛凛先生に投げっぱしておけばいいから。なぁ?」
「・・・何よその諸葛凛先生って」
「まぁ気にしないで、こっちに話だから。さてと・・・取りあえず、セイバーとアーチャーにも一芝居打って貰うからてきとーに話を合わせてね」