「あむ。・・・ん〜、シュークリーム美味しー。やっぱり私の鼻に狂いは無かったわ」

「はむはむ・・・・・・うまうま」

「良かったなイリヤ、それと・・・リズ、だったっけ?欲しかったものが買えて。お金を立て替えてくれた七枷にお礼を言うんだぞ」

「・・・・・・う」

「イリヤ」

「わ、分かってるわよシロウ。その、ジン・・・・・・あ、ありがと」

「ありがと、ジン。お前、いいやつ」

「あ、いや、その・・・・・・どういたしまして?」

「何で疑問文なんだ?」

「いや、別に他意は無いんだけど。・・・・・・あむっ」






その、また唐突ではあるんだけども―――――






オレと衛宮は今、マウント深山商店街の一角にある小さな公園でロリブル・・・もとい、イリヤスフィールとそのお供の片言メイドさんの4人で、今し方買ったシュークリームをもきゅもきゅと貪っていたりします。






『Fate/The impossible world』






時間は遡って十数分前。セイバーのMTG連敗後、オレ達は衛宮家に帰ってきた。と、

「あ、しまった。今日の晩飯の材料買い忘れた」

居間に辿り着いた瞬間に出た、この衛宮の一言が発端だった。

「あ、じゃあオレ買い物に付き合うわ。荷物持ちあった方が良いっしょ?」

「ん、そうだな。じゃあ頼むよ七枷」

「ちょっと、そこのへっぽこにぺーぺーの2人組」

何とも素敵な扱いをしてくれるな遠坂さんよ。

「のほほんとしてるけど、今は聖杯戦争中だっていう事忘れてない?何を暢気に出かけようとしてるのよ。サーヴァントくらい連れて行きなさい」

前回もそれ以前にも同じようにのほほんとしてたお前がそれを言うか?

「・・・・・・なんて言えば即ガンドマシンガンだなぜってー。くわばら、くわばら」

「何か言った陣?」

「いえ、何でも。まぁ、衛宮もオレも多少は強化してるし、今はまだ昼だし問題ないと思うよ遠坂さん。時間稼ぎくらいは出来るし」

「そうだぞ遠坂。俺だって手を組む前よりは大分マシになっている筈だ。簡単にはやられるつもりは無いぞ」

「それに、サーヴァントっつっても―――」

オレは視線を居間の隅っこに移動させる。そこには、



「・・・屈辱です。いえ、他の子供に負けるのは別に良いのです。笑って見過ごせます。ですがあの子供に負けるのだけは、何というかこう・・・・・・形容しがたい屈辱感があるのです」



ぶつぶつと呟きつつ、デフォルメな雰囲気のセイバーがそこでがっくり&ぷるぷると震えながら正座していた。未だに子ギル戦の惨敗を引き摺っているっぽい。

「あの状態の王様を連れて行けと?」

「・・・・・・〜〜っ」

遠坂もこめかみを抑えて唸る。オレの心情もちゃんと理解しているみたいだ。"あんな状態の僕は役に立つんか?"と言いたい心情を。

「全くもう・・・・・・。仕方ないか、食材が無いんじゃどうしようもないしね。とにかく、町中を出歩くときには注意しなさいよ。サーヴァントに出会ったら時間を稼いで、可能なら逃げ切りなさい」

「分かってますって。じゃあ衛宮、チャリ使ってさっさと行こうか。オレがママチャリ使うから、衛宮はクロスバイクな」

「おう、じゃあ遠坂、セイバー。・・・・・・ついでにアーチャー、ちょっと行ってくる」









陣達が出かけて数分後。

「敢えて言わなかったのだが、凛」

「何よ?」

「セイバーが使えないのであれば、私が同行すれば良かったのではないかね?」

「――――――――――あ」

従者に言われて、ようやく気付くうっかりな赤いあくま。

「分かってたなら、何ですぐ言わなかったのよこのトンチキ!」

「いや、マスターの命であれば別に文句は言わんが、何も言わなかったのでね。第一、あの2人とセットで行動するのは精神衛生上良くないからな、主に私の」

「・・・・・・アンタね」









「悪いな七枷、重い物ばっかり持たせて」

「別に構わないって。食わして貰ってる身分だし、これくらいは。あ、聖杯戦争が一段落したらちゃんと食費とかは母さんから貰って渡すから」

ママチャリには後ろの荷台に10kgの米が二つ、前かごには魚や肉や野菜などがごちゃ混ぜになっている袋が幾つか。まぁ、クロスバイクは積載量が少ないし仕方ないのだが。

「買うもんって、これで全部やったっけ?」

「そうだな、これくらいあれば暫くは持つだろうし・・・・・・。夕飯まで時間はまだあるけど、そろそろ帰ろうか。遠坂からも言われたし」

「そだな、ちゃっちゃと帰らないとお怒り食らうだろうし・・・・・・って―――あ゛

「どうした七枷・・・・・・って―――あ゛

視線は前方およそ数十メートル。とある物体を見つけた途端、オレも衛宮も固まった。その、視線の先にあるとある物体とは―――――






「ね〜ね〜、何で買えないのよ〜!?」

「う〜ん、そう言われてもねお嬢ちゃん・・・・・・」

「お金だってちゃんと持ってるじゃない、ほら!」

「いや、外国のお金を出されてもうちじゃどうしようもないんだよ」

「うぅ〜・・・リズ〜」

ふるふる。

「ごめんイリヤ、日本円持ってない。お金周り、全部セラが管理してるから」

「・・・・・・うぅ〜、どうにかセラの目を誤魔化してここまで来たのに、日本円を用意してなかったのは失敗だったわ。ねぇお兄ちゃん、このお金じゃどうしても買えないの?」

「う〜ん、僕としてもそのお金で何とか買わせて上げたいんだけど・・・・・・困ったなぁ」






ケーキ屋の前で、コックが着るような真っ白い服のお兄さんに詰め寄っている、ロシア人が着るような紫色のコートと帽子を着た幼女と、そのお供っぽい真っ白な服を着た女の人だった。言うまでもなく、イリヤスフィールとそのメイドのリーズリットである。
バゼットとランサーの時以上に、この平凡な商店街の風景には浮きまくる格好だ。
と言うかですね、このまま何も見なかったことにして撤収したいオレがここにいるわけですよ。
でも、

「―――――」

この困った他人を見捨てるのを良しとしない人間が、『よ〜し、パパお節介出しちゃうぞ〜』光線をライブで出しているから、絶対その願いは叶うわけ無いんだろうな。・・・・・・はぁ。ここは『もう見てらんない』って返すべきか?






で、まぁ長々と回想して今に至る。イリヤは、美味しそうな匂いがしたから、そこのお菓子屋でシュークリームを買おうとした。が、金がドイツのマルク札しかないから買えなかった。・・・なんでユーロじゃなくてマルクなんだ?
まぁそんなわけで金はオレが立て替えておいた。衛宮は夕飯の買い物で金を殆ど使い切っていたから、仕方ないし。ついでにオレ達の分も買って、この公園で一緒に食べる事にしたのだ。そう言えば、お菓子屋の店員さんは随分安堵していたようだったな。・・・まぁ、悪い気はしないから良いけど。

「そう言えば、何でシロウ達はここに来たの?」

「オレ達は夕飯の買い物に来たんだよ。七枷は荷物持ちの手伝い。で、買う物買って帰ろうとしたら、そこにイリヤ達が困っててちょっとお節介をかけた・・・って所かな」

「・・・・・・オレは放置してとっとと撤収したかったけどな」

「ん?何か言ったか七枷?」

「いえ、何でもありませんともよ」

「あ、そうだジン、これ上げるわ。私の国のお金だけど、さっきのシュークリーム買ってもお釣りがくると思うから。・・・やっぱり奢られるのってあまり私の趣味じゃないもの」

と、少し申し訳なさそうな顔のイリヤが手渡したそれは、さっき広げていた外国のお金だった。名前も知らない三十路越えっぽい女の人の絵が描かれている100と表記したそのお札。100マルク札だった。

「別にえぇのに・・・・・・。まぁ、ドイツのお金なんて珍しいから遠慮無く貰うけど」

ペラペラと、表裏をオレは物珍しそうに見る。記念コインとかそういった類のものはちょっと好きだったりする。ギザ10円とかをコレクティングする感覚みたいなものだ。

「ふ〜ん・・・・・・肖像になってる人ってどんな人なんかな?」

「え〜と・・・確か、クララ・シューマンっていう音楽家だったと思うわ。どんな人かはよく知らないけど」

「クララ・シューマン・・・ねぇ」






立った立った〜!クララが、クララが立―――――





「ど、どうしたんだ七枷?急にさよならホームランを決められたピッチャーみたいにがっくりしちまってるけど・・・?」

「悪い衛宮、暫く放置してくれないか?あまりにも下らなくて寒い事を考えた、数秒前の自分に鬱になっているだけだから」

と、不意に冷たい風が頬を撫でる。そして―――

「あ―――」

「雪・・・?」

真っ白な雪が、この地へと舞い降りてきた。

「わぁ―――――♪」

イリヤが嬉しそうに、その小さな丸い塊を見つめると、踊りを踊るようにぱたぱたと走り回る。



それは、本当に―――――



おとぎ話に出てくる、儚い妖精のようで。



あんなに楽しそうなのに、触れれば―――壊れてしまいそうで。



「―――――」

ふと隣にいるリズを見ると、悲しそうな―――寂しそうな視線をイリヤに向けていた―――――ような気がした。

「あはははは♪―――――あ、そうだ良い事思い付いちゃった」

唐突にイリヤがこちらへ向いて走り寄り、



「ねぇ、シロウにジン、私のサーヴァントにならない?」



どっかで聞いたことのある台詞を、宣った。

「な―――んだと?」

「って、オレも!?」

それに対しての反応は、衛宮とオレとでは若干差異はあったが。

「何故にオレまで・・・・・・。オレの事好かんのだろう?」

「えぇ。貴方、未確認生物並に得体が知れないもの」

「即答で、しかもUMA扱いかコノヤロウ・・・」

「でも、今日はわざわざお金立て替えてくれたし、ちょっとはいい人かなって思ったの。だから、特別に貴方も見逃してあげても良いかなって思ったのよ。私のサーヴァントになったら、位置的にセラの下くらいになっちゃうかな?多分」

つまり、おまいから見て最下層な従属って事ですか。ひでぇ扱いである。

「ね?そうしようよお兄ちゃん達。どうせセイバーもアーチャーもリンも死んじゃうんだから、やるなら早い方が良いでしょ?」

にこにこと、自分に従う事を疑わないでいる銀の少女。オレと衛宮は、顔を見合わせた。・・・・・・まぁ、返答の言葉は決まっているんだ。アイコンタクトをするまでもなく頷き合い、同時に同じ台詞を告げる。

「「イリヤ」」

「うん!」



「悪いが、それだけは出来ない」
「寝言は永眠してから言いなさい、この幼女」



・・・・・・若干、言葉に差異は出ますよ。うん。個性ある人間だしね。

「―――――どうして?」

きょとん、とイリヤは呆然とする。拒絶されるなんて、夢にも思わなかったからだろう。

「すまない、イリヤ。オレは、セイバーや遠坂達を裏切ることは出来ない。だから、イリヤのサーヴァントにはなれない」

「オレも同じく」

それに、イリヤのサーヴァントになったら、人形に閉じこめられるって事だ。そんな事になったら―――――



ネトゲもMTGもエロゲも出来ないじゃないですか!!



これ、超重要ですよ。俺個人としては特に2番目と3番目が。言えば間違いなく白い目で見られるって事くらいは分かるから、言わないけど。

「―――――そう、シロウもジンも裏切るんだ。10年前のあの人と同じように、私を裏切るんだ」

俯き、目を伏せるイリヤ。

「・・・あのなイリヤ、オレも衛宮も別に」

オレがそう言葉を紡ぐ前に、

「―――――でも、シロウもジンも、拒否権なんて無いんだよ?」

冷たい声が、遮った。

「お兄ちゃん達が嫌がっても、無理矢理連れて行っちゃうんだから」

素早く顔を上げ、目を開くイリヤ。その瞳は、魅了し、痺れさせ、感覚を全て遮断させる暗示を持つ、魔の眼だった。

「イリヤ!」

リズが声を荒げて咎めるが、

「黙りなさいリズ。それ以上言うのは従者として逸脱するわよ」

ビシっとイリヤに言い捨てられ、何も言えなくなった。

「―――がっ!?」

くそっ!身体が痺れていく・・・!え、衛宮はどうなってるんだ―――

「―――――」

って、もう殆ど堕ちてるし!!魔術耐性が薄いにも程があるぞ、オレの方がまだマシじゃないか!

「さぁ、後は貴方だけよジン。大人しく眠りなさい」

ふ、ふ、ざ、け―――ろ!



―――具現魔術、起動(スタンディンバイ)

回路起動!魔力を流して、大部分を魔眼の抵抗に当てる。カードは・・・・・・胸ポケットの中!神経を集中させて、どうにか右手を動かして抜き取る!

形成、付与、刻印、精錬、詐称!

「(『対抗呪文』!!)」



無色のマナが波となって打ち放たれ、イリヤの魔眼に干渉する。

「きゃあっ!?」

バチッ!と目くらましのようにイリヤの目の前でフラッシュし、発動をキャンセルさせた。

「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」

「ゼェ・・・ゼェ・・・ゼェ・・・」

対抗呪文のおかげで、オレ達に入り込んでいたイリヤの魔力も消え去っている。とはいえ、精神的な疲れは少し残っているが。

「むぅ〜・・・何なのよさっきの・・・」

眩しいのか、眼をしぱしぱさせてイリヤが呻く。このちみっ娘は全く・・・・・・っ!

「―――あ、あれ?」

目の前に、自身を覆い被さるおっきな影。まぁ、要は七枷陣の事だが。ニンマリという様相が相応しいその顔には、「やあ、ご機嫌ようっつーかワタクシ、マジ怒ってますが何か問題でも?」と言いたそうなものであった。少し前に宣った衛宮士郎の呼称、「くろいきょうき」の発動であった。

「ジ、ジン?えっと―――何をす」


―――ボグッ!


「ぎにゃっ!?」

取りあえず、イリヤの頭に思いっきりゲンコツを食らわせてやった。

「い、痛〜い!な、何するのよジン!」

「痛〜い!・・・やないわ!何いきなり魔眼食らわすかこの幼女!」

「う・・・・・・」

「あんな、そんな風に相手の意思を無視して拉致ろうとするのは、めーなの。婦女暴行とかそういった類と同じなわけ。それくらい分かるだろ」

「うぅ・・・・・・」

「イリヤ、私もさっきのは、やっぱりイリヤが悪いと思う」

同意してくれてありがとう、リズ。

「・・・・・・ごめんなさい」

全くもう・・・。まぁ、少なくとももう魔眼を使って拉致ろうなんて考えないだろうし、この辺にしておこう。

「なぁ、イリヤ」

と、衛宮がイリヤに近付いていく。

「オレは、イリヤを裏切るわけじゃない。だって、イリヤはオレの家族じゃないか。血は繋がってないけど、オヤジの・・・切嗣の娘で、オレの・・・・・・姉ちゃんだろ?」

その言葉に、時が止まったようにイリヤは完全に固まった。

「どう―――して。何で、シロウはその事、知って―――?」

「その・・・七枷に、大体の事情は聞いたから。覚えきれないほどの事を聞いたけど、イリヤが姉ちゃんで切嗣の娘だって事は、印象深かったからさ」

イリヤは無表情で且つ無機質な瞳を、オレに向けた。

「―――貴方は本当に何者なの、ジン?私達の事情を知ってるなんて、あり得ないのに・・・・・・」

「何者って言われても・・・。その事情の殆どを知ることが出来る別世界から来た元一般人としか言いようがないよ。あ、ちなみに今は紆余曲折を経て駆け出しの魔術使いやってますけど」

あんぐり。今のイリヤを表すのには、この言葉が最適だった。

「平行世界からやってきたっていうの?それこそあり得ないわ」

「そうは言っても、あり得ちゃったからどうしようもないわけで・・・」

頭痛がするのか、イリヤが頭を抱える。あ、なんかどっかで見たような光景だ。あかくて胸の寂しい女の子の姿とデジャヴってる感じが。

「こんがらがってきちゃった・・・・・・。取りあえず、今日はもう帰るわ」

くるり、とイリヤはリズと共に城のある方角へ向くと歩き始めた。

「私のサーヴァントにならなかったのは残念だったけど、楽しかったわ。シロウ、ジン。夜に出会ったら容赦はしないからね。バイバイ、私の弟に、あり得ない異邦人さん」

そう言って、今度こそリズと共に商店街の雑踏に消えて行ってしまった。






「なぁ、七枷」

「うん?」

イリヤと別れて、帰路に向かおうと自転車に乗ろうとした時、衛宮が話しかけてきた。

「その内に、イリヤとまた戦うことになるんだよ・・・な」

「そうだろう・・・ね。多分、一番イリヤが手こずることになるだろうな。バーサーカーがいる限り、アインツベルンのマスターとして戦うだろうし。それをねじ曲げてまで説得しきるには、相応の状況が必要になると思う」

「相応の状況って?」

「・・・・・・それが分かりゃ、苦労しないって」

「・・・確かに」

はぁ、とお互い溜め息をつく。ままならないな、ホント。

「ま、当面の問題は今日の飯だ、飯。それから片付けて行こうよ」

「・・・そうだな」

そして、オレ達は自転車を押して歩き出そうとして―――――






視界の先に、久方ぶりに見る赤紫の姿を捉えた。向こうもほぼ同時に、こちらを視界に捉えたようだった。



それは、かつてオレが干渉した人間の1人で―――



「き、君は―――――」



故意か偶然かは分からないが、彼女の従者によって、オレは一度死んだりもした。



「貴女―――――は」



その青い槍兵のサーヴァントのマスター、



「陣―――――君」

「バゼット―――――さん」

そう、バゼット・フラガ・マクレミッツ。故意か偶然か・・・まぁ、偶然なのだろうが・・・彼女と、再度相まみえる事になった。


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