「・・・・・・おいおいおい」
こんなにも早くやられるとは予想外だった。視線の先には、バゼットに加えて彼女のサーヴァント、ランサーもいる。
「よぉ、お前の僕は消えちまったぜ。次はどんなカードを切るんだ、少年?・・・まぁ、尤も―――――」
瞬間、いきなりオレとランサーとの間合いが危険域にまで縮まる。は、速過ぎる!?
「切る余裕があるかどうか分からねぇがな!」
「ぐっ!?」
闇雲に槌を振るって、運良く初撃は何とか弾いた。つーか、こんなのが連続で来るっていうのかよ、冗談じゃない!
「良く受けきったな、だがまだまだ加速てくぞ!」
車のギアを上げるかのように、突きのスピードが加速度的に上がっていく。必死の思いで、それを捌く、捌く、捌く、捌く捌く捌く捌く捌く捌く・・・・・・っ!まるで、あの時学校で見たアーチャーの如く。こんなにも速い攻撃を、アーチャーはどんな心境でこなしていたのだろうか。オレと同じく、必死だったのだろうか。それとも、機械のように淡々と作業を繰り返すように無感情だったのだろうか。両方な気はするが。
「ほぉ、人の身でオレの攻撃をそこまでいなすか。ハハ、やるな少年。だが―――」
「私がいる事を、忘れて貰っては困りますね、陣君」
直後、鳩尾に不快で深い衝撃が突き抜ける。ランサーの隙間を掻い潜り、割り込む形で強襲してきたバゼットの拳が、モロに入ってしまった。
「―――ゴブッ!?」
「はぁっ!」
そのまま、フック、ストレート、回し蹴りの三段コンボを決められ、後方へ吹き飛んだ。
「ぐ・・・・・・ごぇっ!?」
くぁ、効いた・・・っ!晩飯少し吐いちまったじゃないか、くそったれ。
「・・・・・・べっ!」
口内に残っていた胃液と食い物の残骸を唾と共に吐き捨てる。意識が飛ばなかっただけ、奇跡的に幸運だな全く・・・。
「・・・再生っ」
魔力を流して、あちこちに罅が入った身体を修繕する。・・・・・・良し、治った!
(治ったのは良いけど、どうしよう・・・・・・)
状況は最悪な事に変わりはない。2対1じゃリンチされるのがオチだ。さて、どうするべきか?痛みが残る身体に鞭打って、自らの得物を杖代わりによろよろと立ちつつ、数回の瞬き程度の時間しかないであろう猶予を思考に回していた・・・・・・。
『Fate/The impossible world』
少しだけ、時は遡る。
「凄い・・・・・・」
「嘘だろ・・・・・・」
執行者と魔術使いの攻防なんて、すぐに決着してしまうと、傍観を強制された凛や士郎達は思っていた。確かにバーサーカーを足止めしたり、ライダーの宝具を弾き飛ばしたりしていた。大した能力である。実際に目の当たりにした凛達ならば、尚更納得せざるを得ない。
・・・但し、それは彼の僕や魔術の能力に限定される。
彼自身、言うまでもなく身体能力は通常の一般人のそれと同義である。違う所は、魔術回路を多く持ち、MTGのカードを触媒に魔術が使えると言うこと。それだけ。身体を鍛えていたりはしないのだ。尤も、鍛えていたとしても渡り合えるかどうか甚だ疑問であり、十中八九無理であるのだろうが。
兎に角、肉弾戦ではどう見ても勝ち目はない筈だったのだが、陣は幾重にも強化を施して、更には自身が具現した武具の存在経験すらも駆使して圧倒する。今や、能力的には一端のサーヴァントや死徒27祖にも届こうかという所にまで。もしかしたら、勝てる?そう思い始めた。
しかしそれも、爆発音が鳴り響いた以後は反転。やはり殺られる。に変わっていた。サーヴァントに匹敵する身体能力の持ち主の執行者、その従者たる本家サーヴァントである槍の英霊。しかも、数ある槍の英霊の中では特上と来ている。そんな凶悪なコンビと2対1でやり合うなど、結果は既に見えている。
「ぐ・・・・・・ごぇっ!?」
そして、案の定今に至る。向こうの連携に反撃する余裕など存在せず、片方の攻撃を直に受けて陣は吹き飛び、腹の中の夕飯を少し吐いていた。直ぐに傷は治したようだったが、幸運が都合良く続く事はきっと無いだろう。
「遠坂、良いのかよ七枷を放っておいて。あのままじゃ、その内死んじまうぞあいつ!」
「っそんな事―――――!」
分かり切った事だ。だが、陣は1人でやらせてくれと言った。しかも、一騎打ち・・・実際には2対1だが・・・の大禁戒まで叩きつけて。セイバーもアーチャーも干渉しないと決め込んでいる。自分がしゃしゃり出て来たところで、援護になるのかどうか大いに疑問だ。
「だからって―――――だからって、見殺しになんて出来ないだろ!!オレは七枷に加勢する!」
もう我慢の限界だと、衛宮士郎は魔術回路に火を灯す。
「な―――し、士郎待ちなさい!」
「待たない!!投影、開「衛宮ぁっ!!!」・・・っ!?」
双剣を編み出そうとする士郎の意識は、今戦っている彼の激昂によって遮られ、霧散する。
「今割り込んだりしてみろ、絶対に許さねぇぞ!・・・・・・お前っ」
視線はバゼット達に向いたまま、陣はそうやって士郎に釘付けした。
「だけど七枷、このままじゃお前やられちまうぞ!」
「ふざけろ。オレは死なない。死ぬつもりもない。つか、好き好んで死んでたまるかバカヤロウ。勝つさ、オレは。だから―――」
信用しろ、オレを。・・・そう言うかのように、陣は士郎を一瞥した。
「・・・分かった、もうオレも何も言わない。死ぬんじゃないぞ、七枷」
「・・・当然だよ」
さて、全く以てヒヤヒヤさせてくれた。衛宮が割り込んできたら、折角の交渉もご破算だし、それ以前に滅茶苦茶にされかねない。
「・・・と、戦いの腰を折ってしまったようですいませんねランサーさん。というか、何故攻撃してこなかったんですか?隙だらけだったと思いますけど」
んあ?と、ランサーは槍を構えたまま、
「あまりオレを舐めるなよ少年。戦いの最中に悠長に会話するお前もお前だが、その隙を狙って襲うほど、オレは落ちぶれてねぇし弱くもねぇよ」
「大した自信ですね。ま、後悔しなければ良いんですけど?」
「ハ―――――ぬかせ!」
戦闘再開。一時停止を解除したように、ランサーが再度突撃してくる。どうするか?・・・さて、『覚悟のある人間は幸福である』とは、どこの神父の言葉だったか。言峰ではない事は確実だけどな。
「せやぁっ!!」
赤い線となって、槍が放たれる。さぁ、覚悟を決めろ、オレ!・・・自分の身体を捻り、現時点で居る場所をずらして、その線を受け入れた。
瞬間、左肩に熱がこもる。音で表現するなら、グサ!とか、ザク!とかそう言った類のものだろう。表現力貧困で申し訳ない。兎に角、槍はオレの左肩に刺さった。強化しているおかげで貫通は避けられたのは幸運だ。
「ぎ・・・いぃっ!」
歯を食いしばって、その痛みに耐える。堪えろ・・・堪えろ・・・堪えろっ!
「どういうつもりだ、何故避けるなりその戦槌で弾くなりしなかった?」
「・・・ダ・・・ダメですよ、そんな無駄な動きをしたら、間に合わなくなるじゃないですか」
「・・・あん?」
訝しげにランサーの眉が曲がる。怪しむんなら、それも良いだろう。好きにすればいい。オレの身体を刺したいのなら、それもご自由に。その代わり―――――
「ふふ―――捉えた・・・っ!」
オレは、アンタの身体を殴り飛ばす―――――!!
「っ!ちぃ!!」
刺していた槍を引き抜き、ランサーは防御の態勢を取る。敏捷がAでも流石に、至近距離から槌の攻撃を避けきるのは無理と判断したのだろう。
しかし、英霊は識らない。防御という手段は愚行でしかなく、
「ダメだランサー!防ぐな、避けて!」
それを識るバゼットは警告を兼ねた怒号を飛ばす。だが、もう遅い。
ガキン!!
ドグッ!!
「ぐ・・・がっ!?」
ランサーは驚きを禁じ得ない。防いだ槌の衝撃が、何故防御を潜り抜けてきて自身へ降り注ぐのか。言うまでもなく、オレの持つトランプルの効果だ。太陽打ちの槌を装備してその得物で攻撃しようと、その効果は変わることなどない。
ランサーの動きがダメージによって一旦止まる。無論ここで追撃の手を緩めるなど、セイバーがご飯を残す事くらいあり得ない!
「そら―――」
再度振りかぶる。首位打者のようにタメを作って、
「―――――跳べぇっ!」
満塁ホームランの如く、ランサーに向けて真横に振り抜く。ダメージで硬直したランサーに食い止める術はなく、食い止めても貫通してダメージは被る。避けるしかないのだが、それも叶わない。
「ぐ・・・ごぉっ!!」
直撃。慣性の赴くままに、後方へ吹き飛んでいった。
「づっ!・・・再生!」
と同時に、孔の空いた左肩を修繕する・・・・・・が。
「?治りが遅い・・・?」
一瞬で傷は塞がらず、それでも徐々にではあるが皮膚が埋まり出血は取りあえず治まった。
「ちっ、ゲイボルクのせいか・・・」
確か、ゲイボルクには治癒能力を阻害する呪いが備わっているんだったっけ。くそ、もう少し治らないと痛くてハンマー振るうのも一苦労だぞ。
だが、そう我が侭を言っている場合でもないのは分かっている。止血出来ただけマシと納得して、すぐさまバゼットに向いて突撃を開始する。
「ぜやあああ!!」
「ちっ!」
薙ぎ払う打撃を、バゼットは避ける、または打ち払うか弾く。数合続くうちに、パターン化して行く連撃。振り下ろし、打ち上げ、薙ぎ払う。そしてまた、振り下ろし―――――
「そらっ!」
打ち上げずに、槌の柄を支点代わりにし、変則的な棒高跳びの要領で跳び蹴りを見舞う。
「なっ!?」
一瞬、不意を突かれた形でバゼットはその蹴りを防御する。威力はそれほど強いわけでは無く、貫通するダメージは殆ど無い。が、
「そう、その隙を買いたかったんですよ、バゼットさん」
不安定な体勢のまま、空中でオレは目一杯槌を振り抜いた。隙は一瞬あれば充分で、バゼットは条件反射のようにガードを敢行し、
「・・・ぐぁっ!!」
貫通したダメージを受け数メートル後ずさった。
「さぁ、一気にやらせて貰いますよ・・・っ」
追い打ちをかけるようにバゼットへ駆け寄るオレは―――――
次の瞬間、思いっきり後ろへ飛び退いた。直後、真横から赤い直線がオレの居た場所を穿っていた。言うまでもない、ランサーが戦線に復帰して攻撃してきたのだ。
「そらぁ!もう手加減はしねぇぞ少年!」
さっきのホームランは余程頭に来たのか、怒りの形相で槍兵は槍を連続で突き続けてくる。あまり時間は稼げないだろうと思っていたけど、立ち直るの早過ぎだろおい。
「舐めるなよ、あの程度の打撃で参るようなヤワな身体はしてねぇんだ、オレは!」
防御に徹して、突きを弾き続ける。くそ、埒が明かない。ぐずぐずしていると、またバゼットとコンビで襲われる。そうなる前に・・・・・・っ!
「ふんっ!」
今までとは精度の違う、力を込めた槍の一撃を槌の柄で受けて、慣性に従って後方へ撤収する。少し距離が稼げた間に、胸ポケットから手札を取り、更にデッキからカードも補充。悠長に眺める暇など無く、ざっと見た視界に緑色のカード名を捕捉。1秒もかからずに使用することを決断した。
視界の先から、ランサーが迫ってくる。
落ち着け、猶予はまだある。
再度の猛攻を食い止めるべく、詠唱を開始。
体内の回路起動。1〜25番まで即時使用可。充分、魔力精製開始。
五節を高速詠唱、出来上がったばかりの魔力をその媒体に込めて準備完了。
形成、付与、刻印、精錬、詐称。召喚工程完遂。
後は名を呼ぶだけ。早くしろ、ランサーがもう目の前まで来ている。
後は名を喚ぶだけ。落ち着け、まだ時間は残っている。
早く、速く疾く早く速く疾く早く速く疾く早く速く疾く早く速く疾く・・・・・・っ!!!
落ち着け、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け冷静になれ・・・・・・っ!!!
「オラァ!!」
「『濃霧』!!」
ランサーの槍は、後一歩の所でオレには届かなかった。その前に、一瞬で画面が切り替わったように出現したマナを帯びた霧によって、目前に居たオレの姿が消え去ったのだから。当然、消えた先には何もなく、槍は虚しく空を穿つのみとなる。
「な・・・何処へ行った!?」
「ランサー、戻って!」
1メートル先の視界も視認することは困難な中、声を頼りにバゼットの元へランサーは戻る。
「どういう事だこりゃ」
「分かりません、ですがこの霧は魔力を帯びているようです。何か障害が起きるモノでは無いようですが・・・。しかも視界だけでなく、陣君の気配の遮断も兼ねているようですね。魔力感知による探索も出来ない」
背中合わせに、注意深く周りを警戒する魔術師と従者。その光景を、オレは10数メートル離れた先から観察していた。あ、ちなみに濃霧の視界遮断は発動者には作用しないから、向こうの様子は霧が殆ど晴れた状態同然に見えてるんで。それでも、濃霧の効果が切れるまでは向こうの攻撃もこっちの攻撃も通らないから何も出来ないんだけど。
(さて、どうするかな・・・)
次に喚び出すのはどのクリーチャーにすべきか。もっと大型のクリーチャーに・・・いや、またゲイボルクを打たれると大型でも直ぐにやられかねないのか?ランサーのステータスを再度見直してみる。
ランサー
真名:クー・フーリン
マスター:バゼット・フラガ・マクレミッツ
筋力B 魔力C
耐久C 幸運C
敏捷A 宝具B
属性 秩序・中庸
あ、今気付いたけど幸運が本編より2ランクも上だ。そりゃあマスターが言峰じゃ不幸も良いとこだったしなぁ・・・。でもバゼットって男運も込みで運が無かったんじゃ・・・って、暢気に考えてる場合じゃないんだって。
今度は手札を見直す。戦闘中だったから、補充した手札をあまり悠長に確認する暇が無かった。ふむ、今あるのはダメージ系が殆どで後は装備関係か。対魔力があるからダメージはちとボツっぽい。装備品も打開策としては微妙。後は・・・あ、クリーチャーもあった。えっと、怒り狂うゴブリン?使えるかバカヤロウ。後は万ぶ・・・・・・つ、って・・・・・・
(あれ?)
ちょっと待て、これってもしかして・・・・・・。再々度ランサーのステータスを見る。そして、今見たカードを見直し、知識として植え付けられたモノと照合する。
「・・・・・・・・・・・・・・・あ」
かちり。と、歯車が噛み合い、理解した。数瞬のみ呆然。それから一気に感情が爆発する。・・・・・・『歓喜』。と呼ばれる感情に。
「ふ、ふふ・・・・・・・・・ははははは。―――あははははは!」
思わず上げた声に、ランサーとバゼットはぎょっとなって辺りを見回した。そっちにとっては視界も塞がれてるから、さぞ不気味だろう。
「―――――具現魔術、起動」
詠唱を聞きつけ、向こうの警戒態勢も強化された。安心して良いですよ2人共。別に直接そっちへ攻撃する代物じゃないですから。今攻撃しても無効ですし。
と、同時に濃霧の効果も終了した。霧が晴れて辺りに視界が戻る。
「・・・なんだ、ありゃ?」
開口一番、ランサーがオレの方を見て呟く。オレの隣には、赤、青、緑、白、黒の何とも言えないカラフルな羽の生えた、物騒な短い柄の鎌を両手に持っている女性が立っていた。その名、
「・・・『万物の声』」
と言う。
「まさか・・・・・・天・・・使?」
そう、その通り。クリーチャーの種類で言うならば、ね。
「嘘・・・でしょ!?神の使いである天使すらも召喚出来るっていうの、貴方!?」
と、観戦していた遠坂から驚きの声が上がる。何か「こんな事教会に知られでもしたら、ただ事じゃ済まないわよ」とか何とか。と言うか、MTGの天使っていうのは神の使いの定義じゃないんだけどね。どちらかと言えば人造兵器とか、合成獣の部類に入る。だから、神性なんて持っている訳でもない。只、呼称が天使というだけだからね。
「それが真実でも、教会が見たら神への冒涜だとか何だとかイチャモン付けてくるに決まってるでしょう!全くもう・・・」
頭が痛いのか、こめかみを抑えてうんうん唸っている。あ〜、常々思っていたんだけど、そんなに頭抱えてたら身が持たないよ?言いたかないけど、その内ハゲますよ?
「・・・ブッ殺スわよ?」
すいません、ごめんなさい、私が悪うございました、戯れ言です。聞き流してくれると『イヤァッホォォオウ!』とジャンプしながら喜びます。主にオレが。
「主よ」
と、オレの隣から女性の声が。万物の声からだ。
「召喚に従い参じたが、そろそろ妾の加護の色彩を選んで貰いたいのだが・・・?」
あ、放置しててゴメン。
「いや、構わぬ。それよりも色彩を選んで貰いたい」
「あぁ。無論、『青』で頼む。で、ランサーの足止めもヨロシクな」
「承知」
と、指定した瞬間、翼が全て青色に統一される。オレにとっては、それくらいしか変化は感じないが、
「な・・・・・・何だと?」
向こうでは、大きな変化が合ったようだ。主に、ランサーに限定されるが。額には脂汗が流れているランサーがいる。端から見れば、万物の声に畏怖しているようにも見える。
「どうしたランサー?いきなり様子が変になって・・・」
「ダメだバゼット。アレはオレの手に負えねぇ。フェルグスの剣か、それ以上の嫌な感覚だ」
「・・・馬鹿な。私の見立てでも、あの天使は能力的に貴方を大きく下回っているのは確実です。何を―――」
「来る!」
万物の声は、承認した通りランサーの相手を務める。黒騎士、白騎士を相手にしたときとは違い、明らかにランサーは不利となっている。それもやむなし、彼女には『青』の加護が付いている。厳密に言えば、今彼女は秩序・中庸の属性を持つ者に対して絶対的なアドバンテージを得られるのだ。そして、ランサーの属性はそれに該当する。
「くっ!この野郎・・・!」
「そら、踊るが良い槍兵」
どうして、とバゼットは呆然とその光景を見やる。ランサーは相手の攻撃に対応しきれていない。空から攻撃されているとは言え、能力は向こうが劣っているのに。更に驚くべき所は、ランサーの反撃に防御行動を取らない万物の声であり、必然と直撃した筈の攻撃は、その数ミリ手前で、壁に当たったかのようにそれ以上進行しない事である。
「ほら、余所見をしてて良いんですか?」
と、後ろから声がかかる。陣がさっきまで居た位置から動かずに声をかけたのだ。
「さぁ、これでランサーさんはもう援護に来ることはありません。そろそろ終わらせましょうか、バゼットさん?」
「・・・そうですね、この堂々巡りにもいい加減飽きてきた所ですし、そろそろ幕としましょう」
パチン!と指を鳴らすと、そこに隠していたのか、少し離れた茂みから丸い何かが飛び出し、バゼットの周りをふよふよと浮き始めた。
「・・・・・・」
来た。アレがそうなのか。見た目はかなり小さい。野球の硬球くらいの大きさだった。
「どうかしましたか陣君?終わらせようと言い出したのは貴方でしょう?たかが変な球体を出した所で、何を躊躇っているんですか?」
よく言う。挑発のつもりなのだろうが、タネが分かり切っているのに言われても寒いだけだ。オレは黙ったまま、カードをドロー。引いたカードは・・・・・・
「―――――」
知らない内に、オレは口端を上に歪めていた。コイツを使えば、向こうを出し抜けるかもしれない。
「具現魔術、起動―――『怒り狂うゴブリン』」
召喚。ゴブリンを喚び出し、
「・・・『――――』っ」
引いたばかりのソレを、使用した。ゴブリンを下がらせ、防御態勢のままじっとさせる。
「・・・?」
怪訝な表情でバゼットは睨む。クリーチャーを召喚したのに何故攻撃に参加させないのだ、と言いたげな表情。まぁ、教える必要は無いので黙っておく。
「さぁ、これでこちらの準備も整いました。行きますよ・・・っ!」
魔力を槌に込める。バチバチっと電流を漏れ出し、本領を発揮したかのように槌は生き生きとする・・・ような感じがした。
「はああぁぁぁっ!!!」
突撃するオレに対して、バゼットはちらっとその球体を見る。何も反応していないのを確認して、その突撃に対して通常動作で迎撃する。
「せやぁっ!!」
振るわれる槌の打撃。対してそれを打ち払う拳の打撃。両者は交差し、勢いで少し距離が空き、離れた状態で背中合わせになる。と、同時にオレの手には何も無い。得物は攻撃のぶつかり合いで弾かれて飛ばされる。・・・いや、敢えてそう見えるようにして手放した。魔力を込めて、己が手から解き放つ。
それこそが、太陽打ちの槌の本領を発揮する瞬間。
そして、
バチ―――バチバチ。
その本領を、この礼装が見逃す筈は無いのだった。
「―――なるほど、それが貴方の切り札という訳ですか、陣君。・・・珍しいですね、自らの得物を手放して発動するというのは」
従者の如く付き添っていた球体は電流のような魔力を帯びて変容し、シンプルで使い勝手の良さそうな短剣の形を成す。
「ですが、残念です。貴方は切り札を使った。私を打倒するのならその選択は愚行でしかない。・・・まぁ、この礼装のシステムを知るわけもないでしょうから、無理もありま「相手が切り札を使う時、自分の攻撃を絶対先に当てると事実をねじ曲げるカウンター礼装ってやつでしょ?その斬り抉る戦神の剣は」・・・な!?」
驚くのも無理はない、バゼットにとってフラガラックはここにいる全員に見せていない初のお披露目なのだ。それなのに、オレに宝具の真名と効果を言い当てられたのだ。放心していないだけでも大したものなのだろう。
「・・・何故陣君が、フラガラックの事を知っているのか大きく疑問が残りますが。しかし、それを知ってなお切り札を使おうとする貴方の行動が理解出来ませんね。・・・もしかして、この因果律のねじ曲げをどうにか出来るとか考えているのですか?」
「さぁ・・・ねぇ?どうにか出来るんじゃないですか?」
無責任にオレは切り返した。話は―――それで終わり。後は、各々の決め手を撃ち放つのみ。
「カラー、赤を選択―――――目標排出」
「後より出でて先に断つもの―――――」
互いに背を向けたまま、オレはデッキから使用したいカードを排出、バゼットは拳を振り上げ、フラガラックをその頂点に合わせる。そして、両方ともたった一言。片方はその触媒の名を、もう片方はその礼装の真名を。・・・・・・只、言うのみとなった。
「インシ―――――」
「斬り抉る戦神の剣―――――!!」
互いが振り向き、切り裂く音が鳴り響く。一筋の線を描き、白みがかった蒼い光が突撃する。それは、事実をねじ曲げ、絶対に先を取る。いや、「取ったことにする」因果を問答無用で押し付ける直線。究極の後の先。
それは、この日、この時、この場所で、どんな相手であろうと・・・例え恩を仇で返した相手であろうとも、変わることなく・・・・・・執行された。