「―――――」

「―――――」

2人は、互いの腕を突き出したまま動かない。バゼットの手には、既にフラガラックは無く、徒手空拳を握りしめているだけ。陣の手には―――人差し指と中指の間に、カードが、挟まっている。つまり―――



陣の魔術は、発現していない、という事。それは同時に、フラガラックが陣の心臓を先に貫いていた。・・・・・・と、いう事だ。



次の瞬間、動きがあった。バゼットだ。拳を下ろして、また再び背を向けた。陣は、動かない。弁慶の仁王立ちのように、腕は突き出したまま、微動だにしない。


「―――戦闘終了(デッドエンド)。やはり結果は予想通り、私の勝ちです。・・・さようなら、陣君。せめて、貴方の死後が穏やかな物であることを祈ります」


「七枷君!」

「七枷!」

「ジン!」

「・・・・・・」

敗者は何も語らず、何も動かず、只朽ち果て消え逝くのみ。そして、勝者には何も与えられる事など無い、敢えて言えば虚しさしか残されない無為な戦。その決着、ここに完結―――――




















「―――――なんだ、詰めが甘いんだねバゼットさん。ま、無理もない・・・のかな?」




















『Fate/The impossible world』






バカな・・・。何故生きている?何故言葉を紡ぐ?心臓は確かに穿った。この身に宿るモノから練り出されて作られた本物の礼装を、条件付きだが必殺必中のそれを、条件を満たして完璧に繰り出されたそれを確かに受けて、声もなく彼は絶命したのでは無かったのか?

「―――――何故?」

「・・・はえ?」

「何故、生きているのですか、貴方は・・・。フラガラックは確かに貴方の心臓を貫いた筈。完膚無きまでに」

背を向けたまま、私は問う。

「うん、その通りだよバゼットさん。確かにフラガラックはオレの心臓に命中した」

実にあっけなく、彼はその問いに答え、事実を認めた。

「なら、何故・・・・・・まさか、貴方の持つ再生能力は自動蘇生レベルだとでも―――」

「ハ、まさか。流石にあんな即死もんの攻撃を再生できるほど強力じゃないですよ」

「・・・っ!ならば何故―――!」

バッと振り返ると、そこには陣君が変わらず腕を突き出したまま突っ立っていた。薄ら寒い瞳の色をしてはいたが。

「さぁ―――?何でオレ生きてるんでしょうね〜?・・・ふふふ・・・ははは・・・あははははははははははは」

私は、少しではあるが恐怖した。焦点の合っていない瞳で、首を可愛らしく傾げながら無機質な笑い声を上げ続ける彼を、本当に七枷陣という少年なのかと一瞬疑った。

「あははははははははははは・・・・・・・・・。―――ップ」

と思ったら、いきなり瞳の色が元に戻り、私の知っている彼に戻った。・・・少なくとも、私にはそう思えた。

「フフフフ―――ごめんなさいバゼットさん。ちょと怖がらせ過ぎたですかね?別にオレ狂ったわけじゃ無いですよ。ちょっとしたイタズラってやつです」

「―――っ!私は真面目に聞いて―――」

「分かりましたってば。じゃあ、種明かしをしますよ。そろそろですし―――」

そろそろ?何が―――




"ギャアアアア!!"




断末魔を上げたのは、陣が最後に呼び出した怪物。ゴブリンだった。先程までと違う点は、心臓のある胸に小さな空いていることであろうか。そして、致死量のダメージを受けたゴブリンは塵芥と消えた。

「―――!?」

バゼットは直ぐに理解する。フラガラックのダメージだ、アレは。しかしそれはおかしい。フラガラックを理解していない者であっても、今起きた出来事からそれはあり得ない現象だと全員思う筈だ。いや、思わざるを得ない。さっきの光景は陣がそうなる筈のものなのだ。だが、当事者はゴブリンになっている。困惑、疑念、不可解、奇妙。色々な思いが巡るバゼットに、陣は答えた。




「―――最下層民(プライアー)




「え?」

「それが、この種明かしのカードですよ。効果は、プレイヤーに対する全てのダメージを、エンチャントしたクリーチャーに移し替える(・・・・・)

「―――なっ!?」

ようやくバゼットは理解した。それが本当ならば、陣が生きているのも―――さっきの現象も必然。ゴブリンは陣のダメージを肩代わりして消滅したのだ。

「・・・そのような隠し玉を用意しているとは、恐れ入ります。フラガラックもすぐに反応しないわけだ。私に対する戦闘的な切り札ではなく、間接的に致命傷を回避する為の切り札(エース)だったのですから。そして、仮に何らかの理由でそれに反応する場合があったとしても、別の切り札(エース)を先に見せることでそれをカモフラージュした・・・と」

す・・・っと、再度バゼットは構え直し、

「まぁ良い。では、今度はその脳髄を完全に叩きのめす事にしましょう。今度は延命措置など取らせずに確実に―――」



「待った。悪いけど、もうこのターンで終わってるんだ。バゼットさんの戦闘機会(ステップ)は来ないですよ・・・・・・二度とね」



・・・どういうことなのか、バゼットは理解できない。

「ん〜・・・こんな機会って多分初めてだろうだから無理もないんでしょうけど」

「な、何を言って・・・」

未だに理解できないと、バゼットの表情が物語っている。

「まぁまぁ。・・・つまり相手に先に攻撃を譲り、如何なる高速で撃とうとも、それを上回る高速で命中、絶命させる。その二つ名通り、後より出でて先に断つ。そっちの攻撃が先に当たりましたって因果を付加してねじ曲げてしまう。その結果、先に倒されて死んだから反撃もクソもない(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)。どれほどの切り札を持っていようと、死者にその力は振るえないって事実を誇張させる。それがフラガラックの攻撃キャンセルの種明かし」

でしょ?と、嘲笑いじみた笑みの陣は問う。

「だけどさ?オレ、生きてる(・・・・)よね?で、オレは太陽打ちの槌の特殊効果で魔術を・・・切り札を発動させようとしたよね?」

嫌な予感がする。バゼットはそう思った。だが、身体がついて行かない。フラガラックで倒せなかったという事象に対する驚きは、思ったよりも精神的にキていたようだった。

「オレが死んでいれば、当然何にも起きない。さて、ここで問題。じゃあもし、オレがフラガラックを食らってもそのまま生きていた場合、発現しようとした魔術(エース)は一体どうなるんでしょうか(・・・・・・・・・・)?」

「あ―――っ」

そこまで、殆ど答えを言い切るまでバゼットは動けなかった。それはあからさまな愚行。つまり、死んでいないのであれば、当然魔術(エース)は発現する。なのに、自分は只ぼーっと・・・・・・痴呆症の老人の如くぼーっとして、い、た。

「理解して貰えたようで何より。では、バゼットさんも分かったところで遠慮無く失礼して―――」

「くっ!!!」

理解したらすぐさま行動。今更ではあるが、必死に避けようと足に力を入






「遅せぇよ。―――『火葬(インシネレイト)』」






指先から噴き出る炎が、避ける間もなくバゼットを包み込んだ。

「うあぁぁぁーーーっ!!!」

熱い!熱い熱い熱い熱い熱い熱いアツイあついあツいアついあつイ熱い!!!

死へ導く煉獄の炎は、彼女を徐々に蝕んでいく。

「こ・・・こんな・・・・・・ものっ!!」

と、ポケットから1つの石を取り出した。特殊な文字を付与した神秘の石。ルーン魔術の1つ、癒しのルーンだ。それを発動させて、ダメージを無くそうとする。

「無駄だよ、バゼットさん?・・・癒しじゃあ火葬を食い止められはしない」

「何をバカな・・・。っ?何故・・・炎が、静まら・・・ない!?」

無駄なのである。火葬には、クリーチャーの再生能力を無効化する付加効果がある。それが派生して、癒しのルーンの効果を妨害しているのだ。

「・・・ぐっ!ならば!」

今度は別の石を取り出して発動する。バゼットの身体に降り注ぐ洪水。水のルーンを発動した。ジュウゥゥゥ・・・!と、火を消す音と共に濡れ鼠になるバゼット。それでも、火だるまよりは絶対的にマシなのは言うまでもない。

「そうそう、それが正解だよバゼットさん。炎と相反する水を使って消し止めるのが最良の方法だよ。はは、水も滴る良い女・・・ってやつかな?」

にこり、と陣は微笑み―――――



「―――けど、今このタイミングでやるのは最低の暴挙なんですよ?・・・その一手」



と、言うや否やバゼットに肉迫し、

「跳べっ!!」

思いっきり蹴り上げる。

「ぐぁっ!」

ガイアの抱擁やその他諸々で強化しているおかげで、バゼットの身体を空中へ数mほど浮かせながら吹っ飛ばす。

「さぁ、これで終いだ!―――『電撃破(ライトニングブラスト)』!!

何度も見た電撃を打ち放つ。しかし、ショックよりも数倍電圧は高く、威力は目に見えて大きい。そして、

「・・・っ!!が・・・っ!!」

水に濡れた状態のバゼットでは、電撃を食らうのは最悪の展開である。ダメージ量が数段階上昇し、更には火葬の治癒妨害で直すこともままならない。声に鳴らない悲鳴を上げ、受け身を取ることもままならず、背中から直にバゼットは落ちた。






「バゼット!!!」

その光景は、今現在戦闘中のランサーも合間に見ていた。万物の声は足止めに徹する役目なので、積極的に攻めて来ないからこそその光景を直視出来る。かと言って必ずしも消極的とは言えない、中途半端な攻めをする堂々巡りな状態ではあったが。更に・・・というか、当然だがランサーがバゼットの援護に行こうとすれば徹底的に妨害する。そして、

「くそ、どきやがれ!」

「それは叶わぬ。貴様はここで呆然と、緩慢に、悠長に妾と不毛な饗宴の中で共に踊っておればよい。貴様の主が倒れるまで、跳ね回る事(ひとつの作業)しか知らぬチクタクノームのように・・・・・・な」

この槍兵にとってイライラ感募るやり取り。それらが、槍兵の苛立ちをバブル期の高度経済成長並にぐんぐん増加させていった。

「さぁ、再開しようかクランの猛犬。それとも、円舞を休み貴様の主が倒れる様を見るか?それもまた一興では「―――――ね」・・・?何と言った、ランサー?ぼそぼそと呟くのは根暗に思わ」






()く―――()ねと言った!!!」






真後ろへ跳躍、魔力を注入、真名開放。

刺し穿つ(ゲイ)―――――」

一連の動作を神速を以て執行。瞬き数回程度でランサーはやり切った。

「―――――死棘の槍(ボルク)!」

それは、放てば確実に心臓を穿つ呪いの槍。その結果を先に叩き出す。過程は後から理不尽を以て付いてくる。故に、現在進行形で万物の声の足下に槍を突き出していても軌道をねじ曲げ、放った後は既に心臓へ槍が届いているという寸法だ。

果たして、



ザグッ!!



槍は見事、穿つ事となった。

「・・・・・・」

万物の声は沈黙。沈黙のまま、槍の刺さった場所に視線を下げる。

「・・・・・・」

ランサーも沈黙。沈黙のまま、槍の刺さった場所に視線を・・・・・・下げる(・・・)

「―――――バカ・・・・・・な」

この驚愕の色を伴った発言は無論ランサーから。・・・さて、驚愕の理由も込めて今一度言おう。
槍は見事、穿つ事となった。



―――――地面(・・)を。



対象の足下へ放ったのだ。物理法則に則った常識的な結果として、そう終わるのは当然。
そして言うまでもなく、それは今この時において、その当然は当然の如くあり得ない。この時だけは、非常識こそが常識。それが摂理の筈だった。
しかし、現実はこれ。先に叩き出す結果も、後になって付いてくる理不尽も、穿つ筈だった敵の心臓の感触も・・・。



何も、無い。あるのは、地面を突いた固い感触のみだった。



す・・・っと、槍兵の視界に女の顔と人差し指が写る。・・・槍兵が認識しているかどうかは定かではないが。そして「ちっちっち」と、人差し指をメトロノームのように左右に振る。

「無駄なのだ、槍兵。妾には青の加護が付いておる。貴様の属性は、その青と完全に一致する。貴様の放つ呪いも、今の妾には通用せぬよ。尤も、この加護を上回る神秘を以てすれば突き抜けたやも知れぬ」

そして、女は立ち上がり、

「―――が、結果を見れば、貴様の持つ神秘は妾の加護に及ばなかった。その程度のモノだった(・・・・・・・・・・)というだけ。そうであろう?」

言い終わると同時に、ランサーに活を入れるかのように鳩尾を蹴り上げる。

「ぐ・・・ごぉっ!?」

「立つがいいクー・フーリン。呆ける時間は終いだ。さぁ、舞を続けようではないか」

振るわれる手斧のような鎌の斬撃を、ランサーは反射的に槍を振るい軌道を逸らす。しかし、それ以上先には踏み込めない。光を忌避する闇のように、侵攻を回避するのみ。彼らしくもない消極的な行動。プロテクションによる畏怖的効果もあるが、やはり己が宝具すらも効果が無い事実を見せつけられた後では、それもやむなしなのかも知れない。
そして今出来ることは、

(バゼット・・・・・・っ!)

屈辱的であるが、主の安否を祈りつつ、目の前にいる敵の攻撃をいなし続ける事しかないのであった・・・。






「・・・はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」

どうだ・・・?バゼットは倒れたのか?電撃破はそれなりに高いダメージを与えるけど、流石に死んでない・・・よな?

「ぐ・・・が・・・あぁ・・・・・・っ」

数メートル先で身体を痙攣しながら動こうとする姿を確認した。取りあえず死んではいないようだ。だが、執行者の意地なのか、それとも闘争本能なのか。立ち上がろうと、腕に力を入れてもがこうとしている。

「・・・・・・っ。ス・・・具現魔術、起動(スタンディンバイ)っ!」

もう殆どの魔力を使い切った身体に鞭打って、新たなモノを具現する。

「『野太刀』っ」

ドス!っと、地面に突き刺さったそれを即座に引き抜き、バゼットへと肉迫する。

「うおおぉぉぉぉっ!!!」

太陽打ちの槌に比べれば、目立った能力は無くランクも低い。だが刀剣である以上、殺傷力は十二分にある。

「ぐっ!」

不味い、と執行者は焦る。電撃による痺れでまともに身体を動かす事が出来ない。火葬による治癒妨害もまだ続行しているようで、癒しのルーン等による復旧は不可能。

(せめて、片腕だけでも動かせれば・・・っ)

2発目のフラガラックを射出出来る。絶対先攻、必中、即死効果は発動せず威力も格段に落ちるが、それでもダメージ回避を失った陣を打倒するには充分な威力を持っているだろう。

(動け・・・動け、動け、動け、動け、動け、動け動け動け動け動け動け動け!動いてっ!!)

しかし現実は厳しく、片腕一本動かすことは出来ない。目の前にはもう、陣が突進しながら鈍く光輝く銀色を振り上げ、自身の首を刎ね飛ばそうと振り上げている。

(や・・・・・・)

それは、彼女にとってはスローモーションのようにゆっくりと見えた。振り下ろそうとする動作も、何もかも。

(殺られる・・・・・・っ!)

不覚にも、反射的に目を瞑りその瞬間から目を逸らしてしまった。そして・・・・・・・・・










最後の時は、いつまで経っても訪れなかった。

(・・・・・・・・・・・・・・・?)

目を閉じたまま、バゼットは眉をひそめて怪訝な表情になる。何故、痛みが来ないのだろうか、と。

(或いは、私はとっくに首を刎ねられて、この何もない虚無感が・・・これが「死」というものなのだろうか?)

そう思い始めて、そっと目を見開く。
目の前には、二本足。この国でよく見られ、一般的な私服に分類される群青色のジーンズがそこにあった。徐々に視線を上げていくと、そこに、少年が立っていた。右手に持った刀を、バゼットの首筋にギリギリ触れない程度に当てた状態で。どうやら、首は刎ねられていなかったようだ。

「陣・・・君」

何故?と問う前に、陣はバゼットが目を開けるのを待っていたかのように刀の刃を返し、峰の方を向ける。そして、



ごつっ!!



「痛っ!?」

首筋から脳天に照準を変え、振り下ろした。少しだけ力を入れすぎたのか、ちょっと良い音が鳴ったが。

「これで1回死にましたね、バゼットさん。負け1です」

「・・・・・・・・・」

呆然と、バゼットはその言葉を聞きながら陣を見上げた。電撃の痺れは大分取れたので、叩かれた脳天を何とか動かせる手で少しさすりながら。

「さあ、どうします?一休みします?それとも即2回戦に突入しますか?」

「ま、待ちなさい陣君!」

「?何か?」

陣は刀を肩へトントンと叩くと、きょとんとした表情になる。

「な・・・何かじゃありません!何故トドメを刺さないのですか貴方は!あの時、私はもう抵抗する余力が無かった。何故トドメを」

「戦う前に言ったと思うんですが・・・・・・覚えてませんか?」

戦う前に陣が言った言葉。それは、

『オレは貴方達を殺さない。殺すつもりもない。只、倒す。何度かかってこようとその度に打倒し尽くすだけですから』

そう。確かにこう宣言していた。

「じょ、冗談でしょう?あの時言ったそれは単なる戯れ言だとばかり・・・」

「いや、本気ですから」

残念〜!と、冗談交じりに続けて陣は笑う。

「ば、馬鹿げている!貴方は、自分の言っている事の意味が分かっているんですか!?私達が殺すつもりでかかってくるのに、貴方は倒すだけでそれで終わり。そんな事、いつまでも続く筈がない!その内・・・っ!」

その内、少年の方が精神的に先に参ってしまうだろう。殺す側と殺さず手加減する側では、精神的な疲労が段違いだ。
そして、何でもないように装っているが、少年の持つ刀の切っ先は若干震え、息も堪えてはいるが良く見れば切れ切れ。明らかなオーバーワークだった。

「その内参るって言いたいんですか?ハ、あり得ませんね。こちらは強化が持続しているし、装備品も、回復手段もまだ色々あります。一方そちらはボロボロの状態のまま。再戦したって、フラガラックさえ全弾防げればもう終わりです。後2発でしたよね、確か。ちなみに、最下層民はまだ3枚残ってますんで」

フラガラックの残り弾数さえも知っている。驚くべき所だが、バゼットは別の観点に目を置いていた。

(嘘だ・・・・・・)

それは、再戦した場合のこと。確かに、対応出来る手札は数多く存在するだろう。
しかし、それらは全て魔力があって初めてその手札の存在意義が見いだせる。今の陣では、後どれくらい魔術行使出来るのか?自分の経験からの推測でしかないが、出来て後3〜4回。いや、もっと少ないだろう。

「オレはね?バゼットさん」

と、陣が1人独白を始めるかのように語り出す。

「もう、この戦争に関わってしまったんです。本来史実の外側で、見てるだけである筈のオレが関わり、貴女が生き残ってしまった」

「何・・・・・・を」

「そしてオレの知る史実とはかけ離れて、先行きが分からなくなってしまった。だからこそです。だからこそ、オレは史実にはない、聖杯のみを封印する可能性を実現させようって思ったんです。サーヴァントを戦わせずに抑え込む事で聖杯の燃料を遮断し、不完全なアンリマユを破壊する。皆生き残ってご都合主義な大団円で終わらせるんです。生々しい悲劇よりも、しらける位の喜劇の方が、どちらかと言えばオレは好きですから」

「その喜劇を、オレはオレの意志で実現してみせる。魔力がもう殆ど無いとか、精神的に限界だとか、そんな事知ったことか。オレはこんな所で―――こんな所で、負けてなんてやるもんか!!!」

「―――っ!」

「―――ってやつですよ」

やせ我慢とも取れるその発言に、

「・・・・・・・・・」

勝てない。そう、執行者の女は思う。彼が何のことを言っているのか、いまいちまだ想像出来ない。だが、彼は彼の意志でその何かを達成しようとずっと前を見ている。それくらいは、彼女にも感じ取れていた。

(それに比べて、私は)

協会からの要請。聖杯を手に入れて持って帰って来い。それだけ。上からの命令1つのみだった。そこに己の確固たる意志は無い。聖杯を手に入れる為だけに使われる、只のパーツとしてしか見られていない。自分もそうとしか見ていない。それで自分という存在を認めさせる事など、出来るのだろうか。

(無理だ)

当たり前の結論。でも、もっと見放されるのが嫌で、だから執行者になって危険な汚れ仕事をこなしてきた。躓くことはあったが、全ての任務は完遂した。しかし、時計塔の連中に畏怖されることはあっても認められる事は無く、任務を完遂した事による充足感も無い。身体は磨かれ、心は廃れ、今の強(よわ)い自分がいる。
今一度、彼を見つめ直す。さっきと同じ状態だった。

身体は微かにだが震え続け、
息も絶え絶えになり、
もう倒れて休みたい、
そう思っている。絶対そう思っているはずなのに、

彼の黒いその目は、全く死んでいなかった。

俯き、黙っていたバゼットが久しぶりに発した言葉は、

「――――――――――ふ」

笑い声だった。

「ふ・・・ふふふ・・・ははは・・・あっはははははははは」

「バ、バゼットさん?」

地味に良いところに入ったし生音も大きかったよな。・・・プチやばいかこれ?どないしょ・・・。等とぶつぶつ呟く陣に、バゼットは更に苦笑いを誘う。

「え、えーとバゼットさん大じょ「認めます」・・・って、え?」

「認めると言ったんです。・・・・・・私の負けです、陣君」

「・・・良いんですか?」

「えぇ。それにこの戦いは正式ではないとはいえ大禁戒に基づくものです。アトゴウラに再戦はありません。片方が死に、片方が生き残る。私が一本取られたのなら、そこでもう終了なんです。それに―――」

「それに?」

「―――――――いえ」

それに、もし次戦うことを選択したとしても。前に向かって進む君が眩しくて、私はきっと・・・また負けてしまうでしょうから。

「なんでもありません」

「?」

「さて、ランサーと君の僕との戦いも終わらせましょう」

「あ、あぁそうでしたね。万物の声!もういい、下がって!」

と、少し離れた場所にいた万物の声は、ランサーから距離を取って己の主の元へ戻った。

「もういいのか主?」

「あぁ、決着は付いたから」

「・・・あの男はそう思っていないようだがな」

と、向こうに視線を向ける。

「おいバゼット!何故戦いを止める!」

「もう決着は付きました。私が倒れれば、自動的に貴方も現界を維持できなくなって消滅してしまいますし、それにあの僕に対して勝算はあるんですか?」

「それは・・・・・・ねぇが。だがなバゼ」

「それ以上は聞くつもりはありません。まだごねるようなら、令呪を使用して槍を引かせますが、それで構わないのですね?」

「ぐ・・・・・・っ!」

顔を引きつらせて、ランサーはバゼットを睨む。バゼットも自分は退かないという意志を込めた顔でランサーを睨む。・・・・・・と、

「―――――ちっ。わーったよ、オレも負けを認める。これでいいんだろバゼット」

「えぇ、問題なく。素直に従うその姿勢は好感を持てますよランサー」

「・・・令呪を使うつもりだったくせに」

「何か言いましたか?」

「何でもねーよ、マイマスター殿」

揉めてたようだけど、どうやら落ち着いたらしい。良かった、コレで本当に終了だ。

「しかし、本当にオレらを倒しちまうとは思わなかったぜ。ちと早計だったかな。まぁ、約束は約束だ。お前らに協力するぜ、少年」

「・・・感謝します。ランサーさん、バゼットさん」

「さて、戦いも済んだのなら妾はそろそろ消えるとしよう」

万物の声はちらり、とランサーを見ると『ふっ』と笑い、

「今度は味方同士で相見えることを願っておるよ、槍兵」

「ちっ・・・とっとと帰っちまえクソアマ」

ククク、と笑いながら万物の声は消滅していった。

「で、協力して欲しいと言いましたがどうすればいいんでしょうか、陣君?」

「えぇ、その事も含めて衛宮の家では、な、し、・・・・・・ま」

ふぅっと気を抜いた瞬間、

「・・・・・・陣君?」

「あ、れ」

世界が、回り出した。歪曲し、朦朧とし、吐き気が凄まじく、視界がクリアになったり、霞がかったり。まるで度数の高い酒を飲みまくった翌日の二日酔い。その更に二乗三乗っていう酷い状態に引き起こされる。瞬き1つもしないうちに。
そういえば、バーサーカー戦でもこんな状態あったよなぁ。今回は吐血しないだけ多少成長したのだろうか。でも、

「ま、た、この・・・オ、チか・・・・・・い」

ぶっ倒れてしまえば、結局一緒だよなぁ。・・・などと他人事のように考えながら、オレは意識の糸をぷつりと切り離した。















気がつけば、知らない場所にいた。
整然と石畳が敷き詰められた床。それはどこまでも続いている。地平線の所にまで続いているそれは、360度見渡してもずっと続いている。オレは、その中心に佇んでいるような錯覚に陥った。いや、実際は佇んでいるのかもしれない。
そして、その場所に空は存在しなかった。青い晴天も、曇り空の灰色も、夕焼けの暁も、暗闇の夜空も、無い。



在るのは、棚。



そう、棚。天高く、何処までも何処までも何処までも・・・・・・高い棚で埋め尽くされていた。その棚に隙間無く詰められている諸々の本。・・・・・・いや、違う。本じゃない。そんなモノでは無い、絶対に。

だって、あの背表紙の中には、得体の知れない数多くの何かが脈動しているのだから。

それは一体なんだろうか。一瞬思考したが、すぐに撤廃する。そんなことするまでもないからだ。
さて、最初にオレは知らない場所にいた、と発言したけど今し方この場所を再確認したからそれも撤回させてもらう。そう、ここはオレの・・・・・・七枷陣の■■なんだから。知らないわけがない。
ここには、全てがある。オレの持つ■■■■から漏れ出た■■■■。その源泉、源がここなんだ。
世界がその存在を許さないヤツらが眠るこの場所。行き場を失った彼らが、彼女らが生まれ生き逝くこの場所。
オレだけが、みんなの存在を赦す・・・赦してやれる場所。





さぁ、謳おう。

あり得ないオレ達の存在を謳おう。

世界が許さなくても、オレが赦そう。

全てに嫌われようと、オレはお前達を求めよう。

そして、このあり得ない世界よ、オレの中で混ざり合え。

そして、今此処に生まれ変―――――
















「・・・・・・・・・う」

起きた。頭がチカチカする。テンションは・・・・・・めっちゃ最低。視認した目線の先には、最近見慣れた木造の天井。数十秒かかって理解したこの場所。ここは衛宮邸。で、オレに宛がわれた部屋だった。

「ふわ・・・あぁ・・・・・・っ」

欠伸する。直前まで何かしら夢を見ていた気がするが、思い出せない。結構重要な何かだった気がするが、時間が経つにつれて霧散していく。・・・まぁ、いつか思い出すだろう。思い出さなかったら、どうでもいい事なのだろう。うん、今そう決めた。

「起きましたか、陣君。思ったよりも大丈夫なようですね、暢気に欠伸するくらいですから」

と、布団の横で声が聞こえる。頭を横に向けて、視線をずらすと―――――



そこに、スーツを着た女性が正座してオレをじっと見ていた。



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