えっと・・・一体全体何がどうなっているのでせうか?
数秒くらい、オレは固まっていたと思う。そして、再起動。
「って、バゼットさん!?何で―――」
がばっ!っと起きようとした瞬間、
ぐらり。
「くぁっ・・・?」
一瞬で脳内が数回転したような目眩に襲われ、
「・・・っとと」
後頭部から重力に従って落ちるのを、バゼットに止めて貰った。
「いきなり起きないように。貴方は丸一日以上眠りについていたんですから」
「うぅ・・・・・・。って・・・はい?」
「ですから、私達を倒した後、貴方は倒れてしまいました。それから1日以上過ぎているんです」
そんなにオレ眠ってたのか?えっと・・・携帯携帯。
「どうぞ」
オレが携帯を探しているのを察したのか、バゼットがオレの鞄を渡してくれた。チャックを開いて中をごそごそと捜索。見つけた携帯を開くと、
2月6日(金)。AM6:34。
と、表示されていた。
「うあ・・・ホントだ」
どうりで、さっきから身体は重いし目の奥が少しチカチカするし。取りあえず軽く深呼吸して気分を落ち着かせる事にした。
「・・・ん、そういえばあの後どうなったんですか?」
「陣君が倒れた後ですか?魔術回路の使いすぎだと思いますが、高熱を発していましたので、急いで士郎君の家に戻って安静にさせることにしたんです。とは言っても、士郎君の家に着いたときには、容態は大分持ち直していました」
尤もその段階で、貴方の持つ魔力の回復力は異常なのですが。と、バゼットは付け加えた。
「でも、オレが目を覚まさないから暫く様子見で・・・って事で今に至ると?」
「その通りです」
相当深く意識が飛んでいたんだな。全く担がれたり布団に寝かされたりした覚えが無いし。
「それにしても・・・・・・」
「?どうしましたか?」
さっきからずっと、何となく思っていた事ですが。
ぐぅ〜〜。
「お腹・・・空いた」
オレはセイバーか。と思ったのはここだけの話って事で。
『Fate/The impossible world』
その音を聞いて一瞬固まったバゼットだったが、硬直が解けた瞬間、何故か口元を押さえて笑いを堪えていた。いや、あの、丸一日飯を抜いてたらそりゃお腹も鳴りますよ。そんな爆笑せんでも・・・。
「い、いえ失礼。危険な状態だったかもしれないのに、そんな暢気な事を言う陣君が少し微笑ましくてつい・・・。ぷっ・・・くく・・・」
「勘弁してくださいよマジで。えーと、衛宮達はもう居間でご飯食ってます?」
「いえ、士郎君は確かセイバーと一緒に道場へ行くと言ってました。ランサー達も一緒に行った筈ですが」
道場か・・・。そういえば、本編じゃ毎度の如く特訓していたんだっけ。今回も例外なく特訓中って事か。
「じゃあ、オレも道場に向かおうかな」
飯の催促ってのもあるけど、衛宮とセイバーの特訓イベントを生で見る事が出来るんだ。行かない理由なんて無い。布団をゆっくりとはぎ取り、ん〜!っと背を伸ばし、ついでに首も回す。一日中寝たきりだったせいか、カキカキと体中から骨の鳴る音がした。
「いけませんよ陣君、もう少し安静にしていないと・・・」
と、バゼットがまた寝かしつけようとするのを、オレは軽く手を突き出してやんわりと静止する。
「あ、ホントにもう大丈夫ですよバゼットさん。さっきは急に起きてクラってなりましたけど、もう落ち着きましたから」
そして立ち上がり、オレの身体を見回す。いつも着ている紺色で無地のパジャマ姿だった。
「あら、何故にパジャマ姿に・・・」
「あぁ、私服のままでは看病しづらいだろう思いましたので、士郎君に頼んで着替えさせて貰いました」
なるほど、合点がいった。頼めるのは男の衛宮1人だけだしなぁ。・・・いや、まぁ後2人いるけどね。英霊だけど。
噂をすれば何とやら・・・って、使い方間違っている気がするけど。道場の入り口の前には、赤い男と青い男が阿形と吽形の如く両端に突っ立って・・・ていうか、壁に背もたれて中の様子を見ていた。
「お、少年起きてきたのか。おはよー。もう身体の方は大丈夫なのか?」
「・・・起きたのか七枷陣。そのまま昏倒し続けてもらえれば、こちらも始末する手間が省けたのだがな」
一瞬だけこちらを一瞥し、何とも各個人の個性溢れる朝の挨拶をしていただいた。
「ランサーさん、おはようです。少しだるいだけなんでもう問題なしですよ。後、いっぺん等活地獄にでも堕ちやがれアーチャー」
顔はランサーの居る右に向けてペコリとお辞儀をし、左手の中指をピンと立てて左にいるアーチャーに向ける。実に正当な返答だと自分でも思う。
「ふっ・・・それだけ減らず口が叩けるのなら大した事ないようだな。まぁ、貴様が未熟なのがその体たらくの大きな原因なのだろうが」
みんな、『コイツUZEEEEEE!』って気持ちだけで人を殺せたらどんなに良いだろうかって、思ったことありませんか?オレは今この瞬間に思ったね。
「くっ!この・・・って、そう言えば遠坂さんはどうしたんだよ」
「凛ならまだ寝室で寝ている。無理に起こそうとすれば、後でどうなるか分かったものではないからな。襲撃でも無い限りは向こうが起きるまでは放置している」
しみじみと、どこか遠くを見てアーチャーは溜め息混じりに呟いた。生前の実体験なんだろう。どことなく哀愁を感じてしまう。
スパーン!
と、突然道場から小気味良い音が鳴り響いた。
「うわ・・・。痛そうな音が・・・」
「ふむ、また一打貰ったようだな。あの未熟者め」
いや、自分自身を貶してどうするよ。
「だが一発貰うまでの時間が段々長くなっているぜ。手加減してるとはいえ、坊主がセイバーの攻撃に慣れて反応しだして来てるのは正直驚きだ」
衛宮も魔術回路を開放して、魔術の正しい使い方も遠坂とアーチャーから習ったせいなのかな。と思いつつ、ひょこっと道場の中を覗き見る。
「くっ!・・・・・・まだまだぁ!」
ビュン!
「ふっ・・・!脇が甘いっ!」
ビュ・・・パシィィン!!
「むっ!」
「すぐには取らせ・・・ないぞ!セイバー!」
突撃して攻撃を繰り出す衛宮をいなし、カウンターを狙ったセイバーだったが、無理矢理体勢を引き戻し、辛うじて衛宮は竹刀を合わせた。しかし、無理な体勢で受けたせいで少し後ろへ吹き飛んでしまう。そして実戦ならそんな致命的な隙を見逃す筈もなく、
「せぁっ!」
スパーン!
「ぐあっ!!」
と、脳天を叩き込まれてデッドエンド。でも、即殺されてないだけ充分凄い・・・と思う。
「ぐおお・・・痛ぇ」
仰向けに倒れ込み、頭を押さえて衛宮が悶絶する。
「踏み込んだ後の事を考えないから防御が疎かになるのです、シロウ。ひたすら前にという姿勢を否定するわけではありませんが、突貫のみを考えるのは良くありません」
「う・・・・・・分かっちゃいるんだけど、やっぱどうしても足が前に出ちまうんだよなぁ」
「まぁ、無理矢理ではありますが追撃を防いだ事については評価出来ます。後はその防ぎ方をもっと上手にこなせれば、致命的な隙を生みにくくする事も出来るでしょう」
動きについての考察を衛宮に教授しているセイバー。それを聴いてなるほど、と反芻する衛宮。視線を感じたのか、道場の入り口へ目を向けたセイバーと、オレの目が合った。
「・・・ジン!目が覚めたのですか!?」
「え・・・?あ、七枷!もう大丈夫なのか!?」
驚きの表情で、オレを見つめるセイバーと衛宮。心配してくれてたんだと分かり、嬉しかったけど、ちょっと恥ずかしいのと居心地が悪いのとが混ざり合った感情が強かったわけで・・・。
「あ〜・・・お、おはー」
なので、苦笑い混じりで、軽く朝のご挨拶。その後、体調はもう大丈夫の旨もちゃんと伝えた。ついでに、腹減ったとも。
「つーわけなので、飯マダー?」
「病み上がりのようなものなのに、食欲旺盛ですねジンは」
やれやれ、と微笑ましくセイバーが呟く。
「いや、食いし・・・」
「?」
「・・・・・・・・・・・・なんでもないですよ?」
やべえ、つい『いや、食いしん坊なおまいにだけは言われたくないですよ?』って言いそうになったって!言ったが最後、ここでデッドエンド確定だった。セ〜フ!
「もう少しだけ特訓したいから待って貰ってもいいか七枷?下ごしらえはもう終わってるし、すぐに朝飯は出来るからさ」
「ん〜そか、まぁ直ぐ食わないと死ぬってわけじゃないから良いぜ」
「悪い、もう少しで終わるからな。じゃあセイバー、もう一回頼む」
「分かりました、シロウ」
それを皮切りに、衛宮とセイバーの特訓が再開した。相変わらず、衛宮が一方的に打ちのめされているが、一撃で沈む場面は意外と少ない。訓練用にセイバーが手加減しているとはいえ、善戦していると言えなくもない。けど、何か違和感が・・・。
「むぅ?」
そういえば、セイバーの雰囲気というか威圧感?みたいなものがあまりない。ゲーム上でしか表現が無かったから実感しにくいけど、確か遠坂と再契約したときには本来の溢れんばかりの力強さが伝わっていたよなぁ。衛宮の魔力量が上がってるから、遠坂まではいかないかもしれないけど、それでも存在感が強まるのは間違いないだろうし。ふと気になった事ではあるけど、一応見てみるか。
じっとセイバーの方を見つめて、頭の中から本を開くイメージを浮かべる。
セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン
マスター:衛宮士郎
筋力B 魔力B
耐久C 幸運B
敏捷C 宝具C
属性 秩序・善
って、アレ?
「ステータスが・・・強化されてない?」
衛宮の魔術回路は全部開いているし、ちゃんと供給されていれば、セイバーの本来のステータスになっている筈なのに何で・・・。
「・・・ん?」
ちょっと待て。ちゃんと供給って今言ったけど、確かに衛宮の魔術回路は開放した。つまり量は確保したって事。
じゃあ、経路は?
召喚の際にこんがらがって、魔力の供給が出来なくなったラインは、ちゃんと整備してたっけ?暫く今までの過去を回想してみるが、ラインに関しては何も触れてない・・・と思う。
「そういう事か・・・」
あー、これじゃあ完全とは言えないか。・・・でもラインをちゃんと整える方法って何があったっけ?て言うか、そんなシーンは無かったような。
「さっきから何だ、うんうん唸って。トイレに行きたいならさっさと行ってこい」
と、声を掛けてきた赤い男。その声に反応してそのいけ好かない顔を見るオレ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
見つめること数秒。
ピーン♪
閃いた。(悪戯の)神降臨!
「・・・なんだ、その凄まじく嫌らしい表情は」
「失敬な。ところで、モノは相談なんですがアーチャー君」
「断る」
「聞く前から言うなよ!いいからちょっと耳を拝借・・・」
もの凄く嫌な顔をしつつも耳を貸してくれるコイツは、やっぱり元衛宮なのだった。そして、こっちの要望をごにょごにょ。
「・・・なぜそれが必要なのだ?」
「まぁ、一旦壊して再構築するのが手っ取り早いだろうしね。てか、調整する方法がFateに無かったと思うし」
「セイバー達に言わないのは何故だ?」
「ビックリイベント達成のため」
「・・・・・・後でどうなっても知らんぞ」
「大丈夫だって。怒るだろうけど、まぁちゃんと繋ぎ直してパワーアップすれば多少大目に見てくれるさ」
「・・・・・・だと良いがな。まぁ貴様がどうなろうと、私にとってはどうでも良い事だ」
そして、回路を起動する。
「あ、ついでにペンとメモ用紙もお願い」
私は何でも屋では無いのだが、と言いたげな表情になり、印堂に手を当てて軽く唸るアーチャー。でも、律儀にそれらも一緒にトレース・オン。
「そら、これで良いのだろう?」
「あい、さんきゅー」
三点セットを貰い、まずは文言を思い出しつつメモに書き書き。・・・うし、これで良いはず。これでまず一つめ・・・ペンは用済みっと。
「さて、そろそろ朝の鍛錬は終わりにしておきましょう。休憩を所々に入れるのも、鍛錬の内です」
「・・・そうだな。そろそろ時間も良い頃合いだし、朝飯にしよう」
タイミングばっちし。丁度衛宮とセイバーの特訓も終わりを迎えたようだ。
「衛宮〜」
と、立ち上がる衛宮にオレはさっき書いたばっかりのメモを渡す。これで二つ目の役割も終了。
「待たせたな七枷・・・って、ん?何だコレ」
「ん、何も聞かずにそのカンペある程度覚えといて。あ、それと何番でも良いから1本だけ魔術回路開いておくこと」
「?あ、あぁ・・・分かった」
頭に?マークを浮かばせながら、衛宮が魔術回路を起動させる。
「なんだこりゃ・・・えーと、つ、告げ・・・」
ブツブツとそのカンペをぼそぼそと読み始めたのを確認した後、オレはセイバーを手招きした。
「?何ですか、ジン」
衛宮と同じくきょとん、とした目でセイバーが近寄ってくる。そして後ろ手に隠している、貰った三つ目を解放するときが来た。
「セイバー」
「はい・・・?」
「ほいっ」
トスッ。
一瞬の静寂。そして、
『―――――なっ!?』
アーチャーとオレ以外の全員が、驚愕の眼でオレを見た。いや、厳密にはセイバーの胸に突き立てたオレの右手にある歪な短剣に、だ。波状に数度屈折した虹色のような煌めきを持つ短剣。
その名、
「破戒すべき全ての符・・・っと」
その名を呼ぶと同時に、刺さった胸元から赤紫の光が溢れ出てくる。
「づっ!?」
衛宮が左手を抑えて呻くのと赤紫の光が一瞬大きくフラッシュしたのはほぼ同時で、その後それは収まった。
「な・・・・・・な・・・・・・」
ルールブレイカーを抜くと、セイバーは数歩後ろへ後ずさりながら、信じられないといった表情でオレを見た。
「ジ・・・・・・ジン。あ、貴方・・・な、何を・・・・・・」
「な、七枷・・・お前一体・・・何を・・・したんだ?」
衛宮も混乱しているようで、2角残っていた令呪は赤い輝きを失い、その形を象った色のない聖痕だけがその左手の甲に残っていた。よし、ここまでは予定通り。
「はい衛宮、カンペ読んで!」
と、一見場違いな台詞をオレは宣った。
「え、あ、う・・・カンペって・・・えぇぇっ?」
「早くっ!」
「あ、あぁ・・・?」
気迫に押されたのか、衛宮が慌ててさっき渡したメモを見直し、読み始める。
「つ・・・『告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら、我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう!』」
その言葉にセイバーははっとなり、
「せ・・・セ、『セイバーの名に懸け誓いを受ける!貴方を再び我が主として認めよう、シロウ―――!』」
承諾の詠唱を、最初に少しどもりながら応えた。すると、
「ぐ・・・・・・あ、熱っ!?」
衛宮の左手の甲が再び一瞬フラッシュし、さっきまで痕しか無かった無色の形が、再び赤い色に染まっていた。令呪の復活だ。
「よし、成功したっぽいね」
そして、引きつった顔で必死だった2人を半分無視して、再度ステータスを確認してみる。
セイバー
真名:アルトリア・ペンドラゴン
マスター:衛宮士郎
筋力A 魔力A−
耐久B 幸運B
敏捷B 宝具A++
属性 秩序・善
おぉ、素晴らしい。やっぱりラインの混線のせいで供給が上手く行ってなかったんだな。ちゃんと筋力、耐久、敏捷、魔力、宝具がランクアップしてる。
まぁ魔力がA−と遠坂に及ばない所が、実に衛宮がマスターである事の表れではあるんだけども。あ、良く見ると幸運は繋ぎ直しても変わらないのね。
「おい七枷・・・」
と、後ろから声がしたので振り返ると、衛宮がじとーっとオレを見ていた。
「さっきのアレは一体何だったんだよ。急にセイバーとの繋がりみたいなのが無くなったかと思ったら、今度はさっきのカンペ読むとまた繋がりが戻ったみたいだし、訳が分からないぞ」
「あぁ、さっきのは・・・」
かいつまんでさっきのドッキリの意味と成果を説明する。
「って事。セイバーとのラインがちゃんと繋がったっしょ?」
「いや、まぁ言われてみれば確かにさっきよりは強くセイバーの存在を感じ取れるけど。でも、一言言ってくれれば良いじゃないか。何で何も言わずにいきなりするんだよ」
「まぁ、ちょっとした悪戯心と言いますか・・・まぁ、いいじゃん。セイバーパワーアップしたしさ」
あははと誤魔化し笑いをしつつ、衛宮の肩をぱしぱし叩いた。
「いや、そういう問題じゃ無いような・・・」
と、衛宮が言いかけた瞬間、
ゾクッ。
背後から、恐ろしい、寒気が、した。
ギギギ・・・と錆びたゼンマイみたく首を後方へ向けて、オレは発生源を確認した。
正直言うと、多少のお怒りは覚悟していたんです。まぁ『こやつめ、ハハハ』と言った多少のお説教と鉄拳制裁くらいで済むだろうと思った自分が、今は愚者も良いところだとしみじみ思います。
あぁ、どうしてこんなアホな事をしたんだろう自分。と思う。何か作為的っつーか、強制させられたような気がしないでもないです。もし誰かが勝手気ままにオレを動かしたんだとしたら、後で黒の万力か拷問台にでも磔にしてゴリゴリお仕置きってやる。ついでに頭蓋骨締めもつけてやろう。うん、確定。尤も、オレが五体満足で居られて尚且つその犯人がいて更に見つけられたら、の話ではありますが。
さて、逃避した頭もそこそこにこの状況を再認識しよう。説明すると長くなりそうだ。
目の前には、俯き、口元をニヤリと浮かばせて、威圧感満載で佇むセイバーさんがいます。
はい終了。てか説明短いなぁおいっ。
「なるほど、只単に驚かせるためだけにわざわざアーチャーに投影させて契約を破棄したわけですか。確かに、シロウとのラインは正規のものになりましたし、魔力供給もきちんと受け取ることが出来るようになりました。えぇ、色々縛られていた感覚が消えて気分爽快です。ついつい殺る気も溢れ出てくるというものです。ふ・・・ふふ・・・ふふふふふ」
「あの・・・えっと・・・ですね、何かもの凄く不穏当で間違った字が宛がわれてるような気がするんですけどセイバーさん?いや、響きっていうか、何というか・・・」
オレの問いかけには答えず、後ろを向くとすたすたと道場の壁に向かう。そして、今し方片付けた竹刀を2本手に取り、振り向きざまに片方の竹刀をオレに投げつけた。
「痛っっった!?」
いきなりだったので、対応出来ずに身体に当たってしまった。めっちゃ痛いんですけどっ!
「唐突ですが、朝食前にジンの鍛錬もしようかと思います。思えばジンは戦闘前の身体能力が低すぎますし、シロウと共に多少なりとも鍛えた方が後々の為にもなるでしょう。えぇ、我ながら良い案だ。さぁジン、竹刀を取り構えなさい」
にこにこと、青筋を立てながらセイバーが竹刀を正眼に構え近づいてきた。
「あ・・・いや、あのセイバーさん、それはちょう遠慮したいかなぁってオレは思うんやけd「構えなさい、ジン」
ぎろり、と目をじとーっと睨ませるマジ切れな怒れる獅子。
「・・・・・・・・・・・・ぁぃ」
選択肢など存在しなかった。仕方なく竹刀を拾い、恐る恐る竹刀を構える。構えだけなら、一応人並みには出来るしそれなりに扱い方は分かる。けどそんなの中途半端過ぎであった。己の微妙なスキルを呪う。
「やっぱ・・・怒って・・・ますよね、セイバーさん?殺気が溢れまくりですし」
「怒ってなどいません。人を驚かせるためだけにわざわざ契約を破棄するとは何事ですかとか再契約できなかったらどうするつもりだったんですかとかそんな事これっぽっちも考えていませんし、そんな事で激怒するほど私は短気ではありません。殺気立っているのはコレが鍛錬であるからです。実戦形式でやるのが効率的ですから、殺気を放つのは当然の事です」
「嘘だっ!!!!」
どっかのタタリモードな人間みたく、即座に反応してしまった。
「さぁ、行きますよジン・・・!」
と言うや否や、視界からセイバーが消えたのと脳天に陥没しそうな衝撃が来る事が、同時に起こった。
「ぐはっ!?」
そして撃沈。
「ぐおおおお・・・・・・」
悶絶しつつも、よろよろと必死で立ち上がるオレ。そのまま寝ていたかったが、今のセイバーなら寝てても打ち下ろしそうで怖かったんです。
「さぁ、次行きますよ!」
「くっそ・・・!具現魔術、起・・・って、あっ!」
魔術を行使しようと思った瞬間、肝心な事を忘れていた。そして、無防備にまた面一撃。撃沈。
「ぐはっ!」
しまった、オレのデッキもサイドボードも、今此処にない。オレの寝室に全部置きっぱだよ奥さん!奥さんて誰だ!?
「・・・・・・ジン」
冷ややかな目で、セイバーがオレを見下ろす。
「・・・はい」
「今、魔術を使おうとしましたね?」
「えっと、その」
「しましたね?」
「・・・・・・・・・・・・ぁぃ」
「剣の鍛錬中に魔術を使おうとするとは・・・・・・。これは性根から叩き直さないとダメなようですね」
ふふふ、これでしごく口実が更に増えました。良い事です。などとぶつぶつ呟くセイバー。そして。
・・・。
・・・・・・。
「脇が甘いっ!」
スパーン!
逆胴の位置へ横薙ぎ。
「構えが甘いっ!」
スパーン!
肩の位置へ袈裟懸け。
「足運びが甘いっ!」
スパーン!
足払いのように、下段へ打ち払い。
叱咤しながらセイバーが次々に打ち据えてくる。ってか、反撃する事が出来なくて色んな所を甘いとか何とか言われてもどうしようもないんですが何か?と他人事のように思うオレであった。
「何もかも甘ーーーーい!!!」
そして、水月、咽頭、人中、脾臓へ容赦なく突いたり薙いだり。段々と意識が飛んでいく。あ、はい。デッドエンドっすか?お疲れ様ですー。じゃあ皆さん、さよなら、さよなら、さよなら。
スーッと、居間の障子が開き、目とか色々テンパってるツインテールな女の子が現れる。
「お゛はよー・・・。みんな朝早いわね・・・・・・」
殆ど視界に入っていない食卓にいる面々に脊髄反射のように挨拶をしつつ、居間を通り過ぎて台所へ入る。ごきゅ、ごきゅと、何かを飲み干す音が聞こえ、再度顔を出した。
「っはぁ〜、朝はやっぱ牛乳よね。・・・ん?」
ふと、テーブルに座っている面々の顔を見直す。2人ほど増えたが、昨日空いていた席に1人座っている。それは、いうまでもなく彼だった。
「な・・・七枷君!?アンタいつ起きたのよ・・・ってうわっ!?」
驚いて彼の顔を見ようと近付いた途端、遠坂凛はまたビックリして今度は後ずさる。
「あ゛・・・・・・お゛はよー遠坂さん」
その顔は、集団リンチでも食らったかのように顔面がボコボコで、バンソーコーが所狭しと貼られている。良く見ると身体の方にも多少の傷が見え隠れしていた。
「ちょっと・・・何があったのよ一体」
「え・・・あ、いやまぁ、その・・・」
カクカクと、茶碗と箸を持つ手が震えている陣。何か思い出したくないトラウマがあるようだった。
「・・・ねぇ、みんな一体七枷君がどうなって―――」
そして、周りの各々を見た途端、
「―――――うわ」
ようやく、凛は周りのカオスっぷりも認識する。なんつーか、お通夜の夜みたいに場は静寂しており、もくもくと食事を取る面々。只、
「はぐはぐはぐはぐはぐっ!」
ぷりぷり怒り、それ以上を抑えるかのようにご飯を食べる人物1人。セイバーだった。重く静かな場にかなり浮いている。そして、自分の分のみならず陣の主菜、鮭の塩焼きに箸を伸ばして、勝手気ままに横取りしている暴君っぷりを発揮していた。
「おかわりです、シロウ!」
「あ・・・あぁ、はいよセイバー」
ちなみに、もう3杯目。
「あのー・・・セイバーさん、ワタクシの主菜がそろそろ全滅の危機に直面しかけてるんでそろそろ勘弁して貰えま」
「何か言いましたか、ジン?」
「・・・・・・・・・・・・ナンデモゴザイマセン」
もはや絶滅は免れないっぽい。そう悟った陣の声は涙混じりで濁っていた。
「ちょっと・・・一体何があったの士郎?」
「いや、それがな・・・・・・」
「アホね、アンタ」
事情を聞いた後の一言目がそれだった。
「セイバーに斬りかかられなかっただけマシね。悪戯で契約をいきなり強制破棄させられたら誰だって怒るわよ。まぁ、その場面も少し見たかったけど」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて遠坂がオレを見ている。何も返す事は出来ません。出来る筈がありません・・・。
「セイバーも、もう勘弁してあげたら?いつまでもぷりぷり怒ってないで。結果的に見ればちゃんとしたラインが繋がったんだし、その後ちゃんと陣も懲らしめたんだから」
「わ・・・私は怒ってなど・・・!」
「いないって?」
嘘付けと言いたげな目でセイバーを見る遠坂。
「う・・・・・・」
暫く居心地悪そうにセイバーが沈黙し、
「・・・ま、まぁこれ以上は不毛ですし、いいでしょう。今後はこのようなふざけた事をしないようにして下さい、ジン」
ようやく、許しが貰えた。
「私も鬼ではありません。主菜もある程度は残してますし、これ以上は取ったりしませんので」
と、返してくれた鮭の塩焼きは、残り1/4以下になっていた。しかも、残ってたのは身が少ない方。充分鬼だった。言わなかったけどな。
その後、遠坂が魔術でボコボコになった顔や身体をある程度治してくれた。曰く、
「そんなボロボロになった顔が近くにあったら食事なんて出来ないわよ、バカ」
らしい。顔が少し赤かったのは何でだろうか。何にしても、多少楽になったから有り難い。
そして再度食卓を見渡す。各々がいつも通りの場所に座って食事を取っている。が、いつも座っている席の内、2つは入れ替わっていた。藤村先生の座っている場所にはバゼットが。桜の座っている席にはランサーが。さっきからそれが疑問だった。
「あのさ、遠坂さん」
「何よ?」
「今日は藤村先生と桜ちゃん居ないみたいだけど、どうしたの?」
その言葉に、少しだけ場の空気が固まる。
「昨日・・・つまり七枷君がまだ眠り続けてた時ね。少しあったのよ」
と、遠坂が話してくれた概要はこうだった。居候としてバゼットとランサーが増えた。藤村先生がバゼットに関してだけ吼えまくり、いつもの如く遠坂が言いくるめる事に成功。その後、先生は学校の所用が増えて暫くこっちに通えないらしい事を伝える。衛宮の飯が食えないと嘆きまくって。まぁ、それはどうでも良いことだが。
遠坂曰く、人数も増えて危険も増すだろうから、暗示をかけて暫く近寄らないようにするつもりだったらしいので、渡りに船だったらしい。・・・衛宮が文句を言いそうだけど、まぁ流石にそろそろ限界だったろうし、仕方ないよな。
「藤村先生については分かったよ。じゃあ、桜ちゃんは?」
そして、更に空気が固まったような気がした。
「―――――桜は、『家の用事があるから明日からこっちに来られない』って昨日言われたわ」
――――――――――え?
「まさか・・・・・・」
いや、そんな事はない。そんなことは無い・・・筈だ。間桐臓硯はゲーム中でもかなりの老獪っぷりを発揮していたが、現状でサーヴァントを持っていないしかなり慎重に行動する筈。仮に桜を聖杯として利用するとしても猶予期間は充分ある。
「桜の中にいる刻印虫の事もあるし、ある程度の判断を仰ぎたい七枷君も倒れていたから普通に対応して一旦保留にしたんだけど・・・・・・七枷君?」
大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫、大丈夫・・・・・・。
ざわつく心を、その言葉で無理矢理抑えつけて納得させる。
「・・・七枷君ってば!」
びくっ!と、耳元で聞こえた大きな声に心臓が飛び出してきそうになった。
「わっ!?な、何、遠坂さん」
「あのね・・・さっきの話聞いてた?」
「あ、う、うん聞いてたよ勿論。そうだね・・・うん、賭けに出てルールブレイカー使わずに一旦待ったのは良い判断だと思う。まだ臓硯はサーヴァントを持ってないし、あの蠱じいさんはかなり慎重派だから、猶予期間はあるしね」
「だけど七枷、桜を拘束したって事は・・・」
衛宮が苦々しくオレを見つめている。そう、言いたいことは分かっている。
「あぁ、自分から行動に出るって事を意味している。そして、さっき猶予期間はあるって言ったけど、その期間はかなり少ないだろうな」
「だったら・・・!」
直ぐにでも助け出さないと。と、衛宮は続ける。分かってる・・・分かってるさそんな事。
「だからこそ、後少し待たないといけないんだ。キャスターを仲間に引き込むために」
「じゃあ七枷君・・・」
こくり、とオレは頷きで返す。
「今夜、早速柳洞寺へ向かう。本当は、バゼットさん達に会わなければその日の晩にでも向かうつもりだったしね。予定では、最初にキャスターを説得するつもりだったし。・・・兎に角、事態は刻一刻を争う事になるから、食器の片付けが終わったら早速段取りを決めよう。情報交換も兼ねて、ね」
この時、オレの心のざわつきは中々治まらなかった。
そしてそのざわつきは的中し、あの判断が、あの思い込みが、愚かの一言に尽きるという事を思い知る。
だが今の段階で、オレがその事実を実感出来る筈も無かった・・・・・・。