「・・・・・・その、何と言えば良いのやら」
衛宮から大まかな事情を聞き、セイバーは何とも言えない神妙な苦い表情でオレを見ている。そんな目でこっち見んな・・・っ!
「ジンには気の毒ですが、キャスターとの協力を無血同然で手に入れた事は最良の展開と言えるでしょう。貴方の母である・・・ナナミ、と言いましたか?彼女には聞こえは悪いですが、キャスターの趣味の犠牲になって頂く事でのこの結果は僥倖です。貴方達は立派に頑張れました」
ですから、胸を張って良いんですよ。と。・・・何がですからなのか良く分からないが諭されてしまった。
「・・・もういいよセイバー。もうオレの中ではちゃんと納得出来てるっすよ?あの母親だって自ら人身御供買って出たんだから好きにすれば良いんですよ。・・・は・・・あはははは」
「全く納得出来ていないではないですか・・・」
はぁ・・・。と、溜め息を付いて呆れてしまった。うっさい、短時間で納得できるほどおつむが単純に出来て無いんだよオレは。
「さて、じゃあこれからどうするの陣君?早速間桐桜を助け出しに行く?」
さっきまでのホクホク顔のホの字も残さず、キャスターが問う。どうでもいいけど、切り替わり速いなぁこの人。
「えっと・・・どうしようか、遠坂さん。オレは朝になってから行動を起こす方が良いかもしれないって思うんだけど」
「そうね・・・慎重に行くならそれも良いかもしれないけど、こっちにはもう大半のサーヴァントが揃ってるし、少し強気に行って良いと思うわ。肝心のキャスターがこっち側にいるから、直ぐに刻印虫の処置も出来るだろうし」
・・・確かに、そうなのかもしれない。幾ら老獪の魔術師でも、5人ものサーヴァントを相手にしたら到底敵わないだろう。向こうのカードは今の所慎二のライダーしかいない。鉢合わせても、複数で囲んで残りは救出に向かうだけで問題ない・・・か。
「・・・ん、良し。じゃあ、バゼットさん達との合流が完了次第、間桐邸へ攻め込むって事で」
全員が同意し、頷く。・・・上手く立ち回れはしなかっただろうけど、下手なりにもがいてようやくここまで来た。大丈夫だ、このまま行けば上手く行く。大丈夫だ・・・・・・大じょ
「―――――ぐっ!?」
突如、キャスターが痛々しく呻くと右手を押さえ蹲ってしまった。
「キャ、キャスターさん・・・?だ、大丈夫ですか!?」
傍に寄ってしゃがみ、顔色を窺うとキャスターは苦悶の表情で顔を歪ませていた。
「――――――――――そん、な」
か細く、消え入りそうな声で、キャスターはぽつりとそう呟いた。
「・・・何が、あったんですか?」
オレの問いに対する応えなのか、それとも無意識の独白なのか。少しだけ再確認するように目を閉じ、目を見開く。そして、こう告げた。
「―――――アサシンとのラインが・・・・・・消失、したわ」
『Fate/The impossible world』
Interlude
「―――――ふぅ」
セイバーが去った後。小次郎は山門前の階段に座り込み、折れた半身を杖にして寄りかかっていた。取りあえず死ぬ事は無いだろうが、受けたダメージは大きい。
「ふ・・・・・・また剣を交える、か」
再びさっきの言葉を思い返す。また、という言葉は悪くない。一度きりでも満足していたあの剣戟を、あの騎士王はまた与えてくれると言った。
「それも・・・・・・また良し」
期待に胸を躍らせるのも良いが、今は只、この充足した気分を天と共に分かち合おうと、ゆっくりと空を仰ぐ。空は薄い星屑の光が散らばり、一際優しく光り輝く満月と共に己を見つめているような気がした。
「・・・流石に自惚れが過ぎるか」
くつくつと苦笑いし、花鳥風月を堪能すべく今一度空を見上げ―――――
「―――愉しんでいる所に邪魔をしてすまぬが、いい加減そろそろ退場して貰えんかの?・・・・・・偽物」
目に映る全ての景色が、真っ赤に・・・染まった。星屑の輝きも、満月の柔らかい光も、空の大部分を占める暗闇や周りの木々の黒さすらも、何もかもが血の赤に染まり尽くす。
「元より貴様はルール違反を犯して現世に現れた異物。本来の持ち主へ役職を返すべく、その身を苗床にさせて貰うぞ。・・・何、別に構わぬだろう?貴様の悲願はもう叶ったのだからな。安心して逝くが良い」
一瞬、何が起こったのかが理解する事が出来なかった。が、直ぐに悟る。目の前が真っ赤になったのは、自身の腹が裂けて血が噴き上がり、その返り血を顔に浴びているからだ。裂けた腹の先から臓腑が歪み、変質し、己ではないナニカが産声を上げている。それは、赤ん坊のような可愛らしいものではない。
タリナイ、タリナイ、タリナイ。・・・・・・と。喰っても喰っても言い続ける餓鬼のように、おぞましく小次郎の中で叫び浸食していく。
「―――――ククク」
「・・・何が可笑しい、贋作」
もはや首すら動かすのは叶わなかった。なので、空を見上げたまま羽蠱のような煩わしい老いた声へ応える。
「いや、何・・・・・・真っ当な死は望めぬと自覚してはいたが。・・・よもや、蛇蝎魔蝎の類に我が身を付け入られ、魔の餌にされるとは思わなんだからな」
羽蠱の鼻で嗤った声が聞こえた。遠吠えだと自覚している、好きなだけ嘲笑うが良い。さて、どうしたオニク、ホシイ・・・グジュリ。ものか。何にしてもセイホネモ、ホシイ・・・グジュリ。バーとの約束を守る事は出来そうツメモ、ホシイ・・・グジュリ。もない。非常に残念だ、折ハイモ・・・グジュリ。角新たな楽しイモ・・・グジュリ。みが出来たといシンゾウモ・・・グジュリ。うのにまたも未練が残ってしまジンゾウモ・・・グジュリ。・・・・・・煩いぞ餓鬼よ、そうがっつくな。逃げはせん。
「(さて・・・・・・)」
あらゆる繋がりが断たれ、今にもキャスターとのラインすら切断されかねない所まで喰われてしまった。
「(このまま喰われるのも癪だ。・・・抵抗させて貰おう)」
身を喰われる。このおぞましい感覚を可能な限り思念に変換し、この世に喚びだしてくれた恩と、山門に縛り付けてくれやがったせめてもの礼と、我が唯一の望みを叶えさせてくれるきっかけを作ってくれた感謝を込め、己のマスターへ送りつける。・・・届くかどうかは疑問ではあるが、出来る事といえばこれだけなのだ。致し方ない。
「(ちゃんと受け取れよ、我が麗しの雌狐)」
気付けばそれで良し、気付かなければ・・・・・・まぁ、諦めてくれといった所か。どのみち自分はもうここで終わるのだ。後の事を気にしても埒が明かぬ。
「そろそろ頃合い、か。ではその身を真なるアサシンへと孵させて貰おう」
真なるアサシン。その言葉に小次郎は思わず苦笑いを浮かべる。
「・・・良いだろう、好きにするが良い。所詮は我が腹から這い出てくるものだ、ろくな性根ではなかろうよ」
見る事しかできぬその身で、小次郎は笑っていた。・・・笑い続けていた。凄絶といえば―――それこそが、凄絶であった。
「だが心せよ、蛇蝎。貴様らの敵は―――――貴様が思う以上に、手強いぞ」
声に出せたのはそこまで。もう声帯すらも喰われ尽くした。
「(セイバーよ・・・・・・其方との約定、守れなくて済まない。だが・・・・・・)」
ノウミソモ―――
「(もし、またどこかで名も無き亡霊と出会えたならば)」
―――ホシイ!
「(その時には・・・・・・また、戦って・・・・・・くれる―――――)」
グジュリ。
彼の意識は、そこで途絶えた。
Interlude out
目眩でもするのか、額に手を当てたまま気持ち悪そうにキャスターの顔が歪む。どういう事だ、アサシンの令呪が消失・・・だって?良く見ると、キャスターの左手には、2角の痣のようなものがあった。多分、これが令呪の聖痕なのだろう。
これが赤く輝いていないって事は、アサシンはもう消滅したって事だ。でも、一体何で・・・?
「もしかして・・・・・・」
ちらり、とセイバーの方を見る。
「な、何ですかジン、そのジトっとした目は?」
「・・・勢い余って本当は致命傷与えちゃった?」
「ま、まさか!私はちゃんと加減しました、あの傷は深手ではありましたが致命的なものでは無いはずです!」
「・・・・・・」
「ほ、本当ですよ!?」
わたわたと、セイバーが必死になって弁明する。嘘は言ってないようだし、多分本当なのだろう。
「じゃあ何で・・・」
「セイバーの言う事は、多分本当よ陣君」
ようやく持ち直したのか、キャスターがセイバーの言葉を肯定した。
「サーヴァントとの繋がりが断たれた場合、令呪のある腕に軽い痛みと喪失感があるくらいなのよ。でもコレは違う。自分の身体が何かに喰われるような気味の悪い感覚も混ざっていたわ。恐らく、アサシンが故意に思念として送りつけてきたようね」
「そうなんですか。でも何で小次郎はそんな事を・・・・・・・・・って、え?」
待て。今、何て言った?・・・・・・喰われる?
「まさか・・・・・・ま、さか・・・っ?」
「陣?どないしたん?」
「・・・・・・。かーさんはここにいて」
「へ?」
「遠坂さん、かーさんをお願い」
「ちょ・・・お願いって七枷君、貴方一体何処へ行くのよ!?」
「直接行って確かめてくる。・・・何か嫌な予感がするんだ」
「ま、待ちなさい陣!1人じゃ危け」
遠坂の言葉を最後まで聞くことなく、オレは離れを飛び出て中庭から一気に山門へショートカットしていく。
走りながら左腕に付けたホルダーからカードを7枚引いた。内容は・・・・・・。
「・・・よし」
悪くはない。もう少し防御系の呪文があれば言う事は無かったが、この手で満足しても構わないだろう。カードを左手に持ち替え、山門を目指す。
「静かだ」
山門前近くに辿り着くまで、そう時間は掛からなかった。あの門を潜れば、直ぐ傍に小次郎が居るはずなのだ。・・・十中八九、消滅してしまっているだろうが。それでも、この目で確かめないと。
「おーい、小次郎〜。・・・アサ次郎〜?」
恐る恐る山門を潜りつつ、辺りを見回す。・・・誰もいない、気配すらない。
「ん?」
ふと階段を見ると、下り始めの2〜3段辺りにキラリと光る何かがあった。
「あれは・・・・・・刀、か?」
目を凝らすと、そこには見覚えのある刀が横たわっていた。尤も、長いはずのその刀身は、大凡半分ほどにまで縮んでしまっていたが。それは、間違いなくあの剣士の持つべき半身だった。折れたとは言え、己の愛用する武器をほっぽりだして何処かへ行くようなヤツではないだろう。と言う事は、
「やっぱり、小次郎はやられてしまったのか・・・?」
ぽつりとそう呟くのと、折れた物干し竿が音も立てずに、すぅ・・・と形を段々と失って消えていくのはほぼ同時だった。
「あ・・・・・・っ」
それを見て、思わず拾おうとオレは背を屈めた。
結論から言うと、その行動が命綱となった。
「ぎ・・・・・・っ!?」
背中・・・厳密には、左肩の辺りに何かを打ち込まれた感触と、一呼吸置いてそこから熱が追いかけてきた。と言うか、もしあそこで屈んでなければ、左胸を穿たれていたのではないか?・・・寒気がした。
「・・・っ!・・・っ!・・・っ!・・・っ!・・・っ!」
妙に思考が冷ややかに回る最中であっても、現状は動き回っている。打ち込まれた何かの衝撃は凄まじく、突き飛ばされるも同然にオレは階段から転げ落ちてしまった。尤も、十数段下にある踊り場に引っかかり、ひたすら落ち続ける事は無く頭も打ったりしなかったのは僥倖だった。
「づ・・・・・・ぁ・・・・・・」
悲鳴を上げたいのに、転げ落ちた打ち身の痛さと肩に今も尚進行中の鈍痛と熱の暑さが混ぜこぜになり、息を吐くような呻きしか上げられない。
「何・・・が」
痛みに震える身体に鞭打って山門を見上げると、
そこには、真っ白な骸骨の顔だけが浮き上がっていた。
いや、厳密には違う。よく目を凝らして見直すと、うっすらとではあるが、その骸骨の姿形が見える。黒く所々が千切れてしまった外套を羽負うだけのその姿。あれは・・・・・・あいつはっ!?
「アサ・・・・・・シン」
山の翁。忍び寄り、気付かれる事なく殺す事だけに特化した存在。ハサン・サッバーハ。本来アサシンの職に付くべき存在が、堂々と己の存在を誇示した小次郎とは真逆に気配を殆ど感じさせず、如何にこちらの死角へ潜り込むかを画策しているような雰囲気を醸し出させている。
「くそっ・・・た、れ・・・・・・」
やっぱりか。やっぱりなのか。臓硯のヤツ、動き出しやがった!十中八九、一向に進展しない聖杯戦争に業を煮やして自分から動き出したのだろう。そしてこの状況。不味い。サーヴァント相手に軽くない傷を負わされて、しかも護衛のクリーチャーやエンチャント強化等、何も展開していない状態ではオレが勝機を得られる事などまず無い。兎に角、まず先にこの暗殺者から距離を置かないといけない。
「具現魔術、起動・・・!」
攻撃を受けても、左手に握りしめた7枚のカードは手放していない。何かあった時の為の生命線なのだ、手放すわけがない。アサシンはこちらが魔術詠唱をし出したのを察知したのか、こちらに向けて何かを投げつけてきた。言うまでもなく相手の唯一の得物、投擲に特化したダークという投げナイフを。当然食らうわけにはいかない。身体に鞭打って、真横に飛び退きつつ呪文を発動させる!
「『時間停止』!」
瞬間、世界は全ての脈動を失い、オレ以外の全ては止まり続ける。
「ひ・・・・・・っ!?」
その直後、オレは戦慄する。当たり前だ、僅か数cm目の前に鉛色の短剣があって、オレの眉間に狙いを定めて空中で止まっているのだから。少しでも時間停止の発動が遅ければと思うと、内心ぞっとする。
ズグン!
「ぐっ!?」
1度目の魔力搾取が行われた。もう5秒経ってしまった。呆けすぎた、早く離脱しないと・・・!
「く・・・・・・っ!」
階段を横切り、森の中へ逃げ込む。確か森の中は特殊な結界があって、サーヴァントにとってここは鬼門の筈。能力低下やダメージを受けるから追いかけては来ないはずだ。・・・多分。
ズグン!
「ち・・・っ」
二度目の搾取。魔力を多く持って行かれる・・・が、何となくではあるが慎二との戦いの時よりも幾分少なめな感じがした。・・・いや、それは無い。搾取量に変化は無いはず。って事は、オレ自身の魔力量が増えてきてる・・・のか?こんな短期間で?
「・・・12・・・13・・・」
仮にそうだとしても、魔力的にそろそろ見切りをつけないと後が大変かもしれない。
「時間停止、解除!」
時間は再び戻り、動き始める。ギリギリ14秒。アサシンから逃げ出して9秒ほど。多少深く森の中へ入り込めた。これで本当に追いかけて来なければ最高なんだけれども。
「いや、そんなご都合展開なんてあり得ない・・・」
護衛は絶対付けておかないといけない。再度詠唱を開始する。
「・・・『黒騎士』!」
カードの中心が光り輝く。それを手前に投げると、漆黒の甲冑を纏った騎士が現れた。
「ふぅ・・・。よぉ、マスター。今度は何の用で・・・」
と、軽く語りかけるがオレの様子を見た途端一変した。
「お、おい何だよその怪我!大丈夫かマスター!?」
「大丈夫な・・・わけ、無いだろう・・・。取りあえず、このダークを早く抜いてくれ」
「お・・・おぅ分かった。じっとしてろよ」
背中を見せ、短剣を抜いて貰うのをじっと待つ。
「なぁ、黒騎士。抜くときはあんまり痛k」
「・・・ふ、んっ!」
ずるり!といった感触を左肩から味わう。黒騎士はちゃんと命令通り引き抜いてくれた。・・・思いっきり勢い良く。
「qあwせdrftgyふじこlp;!?!?」
ぎにゃああああ!お、鬼かコイツ!こっちが発言し終わってねぇのに、いきなりやりやがった!
「お・・・おまっ!?も・・・もっと優しくしてくれよ!普通分かるだろ、常識的に空気嫁よ!」
「いや、優しくっつったってよぉ・・・」
優しくしようがねぇじゃねぇか・・・。と、ぶつくさと文句を垂れた。
「やるんなら直ぐにやっちまった方が良いんだしさ、それくらい我慢しようぜ。男だろマスター」
嫌な事はさっさと済ませる派らしい。・・・いや、単に面倒くさがりなだけだなコイツはきっと。
「お前というヤツだけは・・・・・・っ!いったぁ・・・・・・」
まだ言い足りないが、取りあえず一旦保留にしておこう。先に治療をしておかないと。
「黒騎士、オレは傷を治療するからその間周囲を警戒してくれ。もしかしたら、アサシンが襲ってくるかもしれないから」
「アサシン?あの侍野郎・・・・・・いや、本家の方か」
ラインから読み取ったのか、黒騎士は小次郎ではなくハサンの方だと理解し直してもらえたようだ。
「了解、マスター。ちゃんと護衛してやっから、早く傷を治しちまいな」
「あぁ・・・・・・具現魔術、起動」
形成、付与、刻印、精錬、詐称―――。
「『治癒の軟膏』」
魔力で産み出されたその薬は、意思を持っているかのようにオレの傷口へ向かい、塗り込まれる。痛みは無い、只じわりと広がる熱さがあった。
「ん・・・・・・良し」
投擲のダメージは意外に大きく、完全には治らなかった。傷口からはまだ血が流れているが、食い込まれて抉れた内部は殆ど塞がっている。血もその内止まるだろう。
「!?伏せろ、マスター!」
ギィン!という金属音と共に黒騎士が何かを弾き、そう叫ぶ。弾いたのは黒塗りの短剣。・・・やっぱり追いかけてきたのか。
「クソッ!どっから狙ってやがる・・・!」
時間を置き、更に別方向から数本ずつダークが投げ込まれる。黒騎士はそれを辛うじてすべて迎撃し続けていた。狙撃し続ける当のアサシンだが、姿を見せるつもりは無いらしい。当然と言えば当然だが。
「・・・なぁマスター、さっきから気になってたんだがよ」
「え?何がだ?」
「ここは敵の結界の中か何かなのか?動く度に重苦しいっつーか、短剣を叩き落とすのも一苦労だぜ」
「へ?」
何の話だ?別に相手から何かしらやられたりはしてな・・・・・・
「・・・・・・、ちょっ!」
そう思った瞬間、それは流れ込んできた。黒騎士のステータス情報。その項目が。
「殆ど・・・下がってる?」
項目にあるステータスの内、幸運以外の全てにマイナス修正が掛かっている。
「何で・・・。いや」
あり得る、というか当然なのかもしれない。ここは柳洞寺の結界に包まれた森林地帯。サーヴァントにとっての鬼門。サーヴァントは魔力で構成されている。と言う事は、オレの喚び出したクリーチャーも魔力で構成されているのだから、その影響を受けるのは当たり前だろう。
「ちっ!マスター、出来れば何か強化出来る呪文でも使ってくれるとありがたいんだがよ!」
今も尚迫り来る短剣を捌いている黒騎士はもう一杯一杯なのだろう。焦りを含んだ声で催促された。
「あ、あぁ直ぐに強化してやる!」
手札を見る。何かあったか・・・。
「げ」
あるにはあった。が、このカードはダメだ。『聖なる力』。この属性は白だから、プロテクション白を持つ黒騎士には付与する事が出来ない。
「ま、まだかよマスター!」
「わ、悪い黒騎士もう少しだけ耐えてくれ!」
くそっ!何か他に手は・・・・・・。
「・・・『目録』か」
コイツなら多めにドローできるし、捨てカードも要らない聖なる力を捨てればいいから使える。
「具現魔術、起動・・・・・・『目録』!」
カードを2枚引き・・・
「聖なる力を捨てるっ」
捨てたカードは空気に溶け込むように消え去る。
そして新たに引いてきた2枚のカード。使えるヤツは・・・・・・来たっ!
「いくぞ黒騎士!・・・『邪悪なる力』!」
邪悪なる力。聖なる力と真逆に位置する黒のカード。当然、黒騎士に適用出来る。
「ぬ・・・うおぉぉぉ!」
瞬時に強化は完了し、黒騎士は迫り来るダークの全てを事も無げに打ち払う。
「っしゃああ!み、な、ぎっ・・・て、きたぜぇ!」
再度打ち込まれる短剣も、
「遅せぇんだよ!」
全て弾く。今の黒騎士にとって、アサシンの投擲は放物線を描いて投げられるバレーボールに等しく、それを叩き落とす事など容易かった。
「へっ、いくら投げようが無駄だぜ暗殺者。出て来たらどうだ?近付けばもしかしたら届くかもしれねぇぞ」
挑発するが、向こうからの反応は相変わらず皆無だった。
「ケッ!だんまりかよ・・・」
悪態をつくが、周囲への警戒を怠ることなく神経を張り巡らせる。
そして、どちらも動くことなく僅かばかりの時が流れた。
「逃げた・・・のか?」
これだけの時間を経て何もしてこないって事は、もしかして撤退したのか?・・・いや、そう決めつけるのは早計だろう。今もこっちの隙を窺って狙撃するポイントを探―――
「なっ!?」
それは、唐突に起きた。
「何だこりゃぁ・・・!」
大気が、凍てつく。何かが吸い取られ、その反動で周りの空気が熱を失い、寒々しく震えが止まらなくなる。
「何が、起きてるんだ?」
「っ!」
ガキン!とまたも投げ込まれるダークを黒騎士は弾く。
「また同じネタかよ!いい加減しつこ・・・」
だが、間髪入れずに二度目の投擲が別の位置で行われる。対象は、オレだった。
「ちっ!」
位置的に黒騎士が短剣をはたき落とすには僅かに間に合わない。だから、
「歯ぁ食いしばれよマスター!」
回し蹴り。横腹に重くのしかかる衝撃と共にオレはその場から離脱できた。いや、吹っ飛ばされたと言った方が良いなこの場合。
「おぐ・・・っ!ご・・・げほっ!」
短剣から逃れる為とはいえ、ホント少しでいいから加減をしてくれよマジで。軟膏で回復したダメージが帳消しになりそうだ。
「お、お前はホントに少し加減ってモンを覚え・・・・・・」
一言文句を言おうと起き上がり、絶句する。何故って―――
目の前に、妙にグロテスクな赤い物体が浮かんでいたからだ。
アレは、目の前に浮かぶその物体は。・・・心臓。オレの心臓だ。本能的にそう思った。鏡写しのように投影された、1つしかない筈のオレの臓物。その贋作を、いつの間にかオレの前に姿を見せていた、あの暗殺者は写し出していた。
どくん、どくん、どくんと。その本物と同じ偽物の臓器は、オレの中にある本物と同期して脈動している。
全ては、この時の為。まさかアサシンはこの一撃の為だけに、今まで無駄に投擲し続けていたんじゃないのだろうか。
「妄・・・・・・想・・・・・・、心音」
何かを擦り合わせ、無理矢理聞こえるように変換と編集された音声のような金切り声の真名と共に、折りたたみ封をされた右腕は大きく広がって解き放つ。アサシンの持つ唯一の必殺は繰り出された。
「あ・・・・・・あ・・・・・・」
ダメだ、反応が・・・間に合わ、ない。このまま、為す術もなくあの暗殺者に、オレの、心臓、が・・・抉り取られ
「マスタァァァ!」
腕が臓物を引っ掴む直前。その叫びと、横から食らう衝撃はほぼ同時に起こった。黒騎士が横から体当たりをしてオレを虚実の臓物から離したのだ。すると、さっきまであった圧迫感が嘘のように消え去った。
「ぐ・・・ぅっ!?」
そして、その代わりに黒騎士がその圧迫と必殺を請け負う。
「キキ・・・キ」
口惜しそうにアサシンが唸り、致し方なく鷲掴んだその心臓を引き寄せる。
「マ・・・ス、タ・・・・・・」
そして、削り尽くした己の顔を隠しているその髑髏の面をずらし、
「マス・・・タ・・・逃、げ」
ゴクリ。
やけに響いたその音と共に、アサシンは偽りの臓物を呑み干した。
「か゜っ」
生命を維持する上で最も重要なその部分を一瞬で奪われた黒の騎士は、絶叫を上げる事すら出来ずに、只不可解な声を一言、息を吐くように小さく吐きだしただけで倒れ、そのまま消滅した。
「黒騎士・・・」
呆然と、オレの身代わりになり消えてしまった黒騎士が倒れた場所を見つめていると
「ふむ・・・主の方を先に始末するつもりだったが失敗したか。まぁ良い、元々は思考と肉体強化を得るついでだ」
視界の外から、聞き覚えのあるようで無い声が聞こえた。
「え・・・?」
声が聞こえた方向へ振り向く。そこには、アサシンがいた。見た目は殆ど変わっていないのに、さっきまでの希薄な存在感が若干濃くなっている気がする。・・・頭の中で、アサシンに関する記録が上書きされた。
「そうか、あいつ・・・!」
自己改造。異物を己のモノとして取り込み強化させる技能。あの野郎、黒騎士の心臓を喰って的確な判断をする為の思考と自身の存在を強化したのか。
「今改めて殺害し直せば・・・・・・」
ぞくり。と身体に戦慄が走り鳥肌が立つ。いけない。この場に留まってはいけない。
「っ!」
「・・・・・・一切問題は無しよ」
その言葉と、オレが大木の影に飛び込むのと、身体を穿たんと放たれる投擲は、ほぼ同時だった。結果から言えば、生きてはいる。が、左腕をダークがかすめ深くはないが抉られる。
「ぎ・・・ぃっ!」
やはり速い。弾丸も真っ青な投擲に戦慄する。と同時に、奇妙な違和感もあった。ついさっきの階段では感じず、今は感じた妙な感覚。あの投擲は、先に当たってしまうという強迫観念じみたその感覚。そして何よりも奇妙なのは、この感覚をオレは知っていると感じている事だ。・・・何故?
「―――――」
急いでイメージする。アサシンの能力の項目を。身体能力は、Fate本編の時より僅かばかり低い。・・・強化していたとはいえ、喰ったのがランサーじゃなくて黒騎士だったせいだろうか。スキルも別に変わった所は・・・・・・
「え?」
―――あった。オレ自身良く識っていて、コイツに与えられる筈のないモノ。
先制攻撃:D(C)
項目の中で、ランクダウンして記載されているその一文が一際浮いて目立っていた。少なくとも、オレの中では。
「どうして・・・!?」
まさかコイツ、自己改造の時に、黒騎士から吸収したっていうのか?・・・これは不味い、非常に不味い。気配遮断と先制攻撃。この世にこれほど相性の良い物が他にあるだろうか?攻撃しようとすれば気配がバレやすくなるからこそ、まだ対処しようがあるというのに、先制攻撃がそのデメリットを反則的にフォローしてしまっている。ランクが低いからどこまでフォロー出来るか分からないが、それでも鬼に金棒な状態には変わりない。
「・・・はっ!」
ぞくりと背に嫌な悪寒が走った瞬間、その場から横飛びして離れる。直後、4〜5本のダークが真上から降り注ぎ地面に打ち込まれた。
「キ・・・・・・動きが僅かばかり鈍るか」
オレが隠れていた大木の上に、いつの間にかアサシンは登っていた。・・・笑えねぇ。結界と遮蔽物が多いからこっちの方がまだ逃げ切れるかと思っていたが、それは浅はかだったんじゃないかこれは?結界はまだしも、遮蔽物である木々は寧ろ相手にとって都合が良すぎる。
「往生際が悪いぞ、魔術師」
「うるせぇよ。生きるか死ぬかの瀬戸際で往生際もへったくれもないわい」
「キキ、然り。だが気付いているか?・・・・・・貴様はもう詰んでいるのだぞ」
「な・・・に?」
アサシンへの注意を怠らずに、視線で辺りを見回す。
「・・・っ!」
しまった!と思うと同時にアサシンの意図を理解する。必死で飛び跳ねていたから気付かなかったが、オレが今居る場所は森の中でも比較的開けている。当然、身を隠す大木まで左右とも若干離れている。距離にして約十数メートル。アサシンの投擲を前にその十数メートルは・・・あまりにも、遠い。
ならば後ろはどうだ?・・・無理。振り向いた瞬間背中から撃たれて終わり。バックステップしても、大して距離は出ないし意味がない。没。
前は?・・・アサシンに向かって突貫して投擲の距離を縮めてどうする、死期が早まるだけ、没。
いっそのことこっちから攻撃をしかけるのは?・・・ダメだ、回路を開いた瞬間気付かれて先制される。没。
没、没、没、没、没、没、没!無理だ、打つ手が無い・・・っ。
「理解したようだな。では・・・・・・」
死ぬが良い。
オレの眉間に狙いを絞ってダークが放たれる。打つ手が無く、焦りと絶望に気を取られてしまっていたオレは、投げられた短剣に対する反応に一瞬遅れてしまう。その遅れは、避けるタイミングを完全に逸するには充分すぎる時間なわけで。と言う事はつまり・・・・・・
このまま、頭を撃ち抜かれて死んでしまうって事なわけで。
「あ・・・・・・」
最後にくそったれとでも叫べばまだかっこ付くかもしれないのに、出たのは呆けたような単語一個。その一言だけで七枷陣の生は終わ
ガキン!
「え・・・?」
頭がついて行けていない。またも呆けたように単語一個をぽつりと零した。えっと・・・何から言うべきか・・・。そう、オレの眉間を穿たんと迫る兇弾が、弾かれた。何によってかと言えば、そう、目の前に意思を持っているかのように唸っている鉛色の蛇。コイツが、オレの危機を脱してくれた。その蛇はまたも意思があるかのようにジャラリ、と素早く数回転しつつオレの右腕に絡み付いて・・・・・・って、え!?
「う、お・・・ぉ・・・っ!?」
信じられないほどの馬鹿力で引っ張られて―――
「わ、あ・・・あぁぁぁぁぁっっっ!?!?」
釣られた。・・・いや、プギャーとかそう言った意味じゃなく、言葉のまんま。オレ空を飛ぶ〜!ってどっかのコーヒーと勘違いしてしまう飲み物のCMみたいな感じに。
「ぶぎゃっ!」
そして数秒の浮遊落下を得て、着地。・・・べしゃりと叩きつけられる事を着地と分類するならば、それは着地と呼べるだろう。
「痛ってぇ・・・鼻打った」
「ははは、無様だねぇ七枷」
声がする。アサシンではなく、聞き覚えのある第三者の声が。オレ・・・の、直ぐ傍、で。
「―――――」
声がする方へ視線を向けると、そこにはジーンズとジャンパーに身を包み、腕を組んでこちらを見下ろす男がいた。学校で戦って以来、見る事の無かったその面。間桐・・・慎二。そしてその傍らには当然、仮初めの従者であるライダーがいた。
―――――最悪、だ。
臓硯は兎も角、慎二までいるなんて想定外だ。孤立状態でアサシンとライダーのダブルパンチはどうしようもない。待つのは確実な死だけ。だが、何故あの時・・・・・・
「魔術師殿の孫か。・・・何故邪魔をした?」
そうだ。何故あの時ダークを打ち落として邪魔をしたのだろう。
「あん?」
慎二はアサシンの方へ向き、腕を組んでハッと鼻で嗤う。
「お爺様はサーヴァントの召喚に成功したのか。格好からしてアサシンだなお前。お爺様の下僕だとしても、アサシンのくせに勝手に僕の得物を横取りしようとするなよな」
「な・・・?」
一瞬唖然とする。オレが・・・得物?
「何呆けてるわけ七枷?忘れたとは言わせないぞ、学校での事を」
あ・・・そう言えばコイツを時間停止してフルボッコにしてたんだっけ。ついでに説教も。
「この僕を痛めつけてくれた礼は・・・っ!」
ドグッ!と、オレの鳩尾に慎二の足のつま先が食い込む。
「ぐほ・・・ぉっ!」
「た〜っぷりとしてやらないとな」
「てめ・・・ぇっ」
ギロリと睨むが傍らにライダーが控えているせいか、慎二はニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて優越に浸ってオレを見下ろすだけだった。
「アサシンを経由して聞こえているでしょうお爺様。コイツは僕が殺らないと気が済まないんだ。僕に任せてくれますよねぇ?」
アサシンを見て慎二は問う。アサシンは僅かの沈黙の後、
「・・・魔術師殿からの返答だ。『好きにせよ』」
「ありがとうございます、お爺様」
にぃ・・・っと微笑むと、その顔のままオレを見下ろし、
「お爺様の許可も貰ったし、じゃあ早速だけど苦しみながら死んで貰おうかな七枷。何か言い残す事は無いかい?まぁ何か言った所で、覚える気なんて無いけどさ」
「・・・・・・・・・」
具現魔術を使って打開するしかない。するしかないが、ダメだ。ライダーに察知されてやられる。没だ。でも、没でもさっきのように呆けるくらいなら・・・やる!やるしか・・・・・・ない!
「具げ―――」
ドグッ!詠唱をしようとした瞬間、慎二にまたも蹴られて妨害された。
「ぐ・・・ぶ!」
「何変な事しようとしてるんだよ七枷!僕はそんな事をして良いなんて許可してないだろうが!」
ぐいっと頭を掴まれ、慎二の顔が近付く。
「なぁ何とか言えよこの・・・」
「―――ょ」
「はぁ?」
「―――――死ね、よ。・・・クソワカメ」
「っ!」
その言葉に、慎二は憤怒の表情でオレの頭を地面に投げつけるように離した。
「づっ!」
「あぁそうかい、じゃあお望み通り死ぬさ。お前がなぁ!」
そしてその場を離れ、ライダーの後ろに下がる。
「ライダー、分かってるな?」
「・・・はい、分かっていますシンジ」
ジャラリ、と音を立ててライダーは振りかぶる。次の刹那には、オレに目がけて先端の釘剣が打ち込まれるだろう。どこへ?腹?心臓?頭?
「(や―――――)」
ライダーは釘剣を振り上げ
「(殺られ、る―――――!)」
そしてその後起こるであろう瞬間を見たくなくて、オレはぎゅっと目を瞑り最後の時を待った。
ガキン!
次に感じられるのは肉を抉られる触覚だろうという予想に反し、感じたのは都合何度目になるかもう分からない金属同士のぶつかる響きを聞き取る聴覚だった。
「ギィ・・・っ!?」
「何やってるんだよライダー!絶対に仕留めろって言っただろう!」
「く・・・!すみませんシンジ、ここの結界の縛りが予想以上に酷いようで思うように動きが・・・」
その言い合いを耳にして、恐る恐る目を開く。
「・・・・・・・・・。え?」
信じられない光景が、広がっていた。さっきまでオレに釘剣を振り下ろそうとしていたライダーが、何でかアサシンに標的を絞って攻撃している。
「ギ・・・貴様、何のつもりだ!?」
「何のつもりも何もありません。貴方はちょろちょろと動き回らずにさっさと死ねば良いんです・・・!」
投げつけられる鎖の蛇を、アサシンはジグザクに動き回り避け、直撃しそうになればダークで軌道をずらしていなす。
「・・・何コレ?」
オレは展開についていけず、ぽかーんとその光景を見守るしかない。
「くそっ!・・・おい七枷!」
「は、はいっ?」
「何ぼさっとしてるんだよ!ライダーを援護してアサシンを倒してくれよ!」
「は・・・?・・・へ?」
「早く!」
「あ・・・あぁ・・・・・・?ド、ドロー」
剣幕に押され、カードを引く。でも、何故にオレがライダーと共に戦わないといけないんだ?両方敵なのに。いや、ライダーは敵じゃないのか?さっきオレを殺そうとしなかったし。
「ス・・・・・・具現魔術、起動」
あ〜もうっ!頭がこんがらがる!もう誰でも良いから、この状況を説明してくれ・・・っ!
後今更思ったが慎二。魔術師じゃないから仕方ないけど、お前他力本願なのにも程があるぞ。